第四八話 吸血鬼は死にたい
輪郭の定まらない
通路を
「いやはや! この魔法! そうか、キミは夜の魔女か!」
どこまでも追ってくる『
「少々厄介だが! 私を死なせてくれるには、いささか足りないな!」
体を半身に開いたヴラドレイが、虚空に向かって
不可視の力によって動きを止められた
大坑道で放ったそれの比ではない。全力の魔法が握りつぶされてしまった。
「──っ!」
彼我の間で崩れ去る
「逃さないよ」
ヴラドレイの
「くっ!」
まともに目を合わせてしまったジュリエットの体が、急激に速度を失う。四肢が彼女の言うことを聞かない。
(これは、邪眼!?)
「いやはや腐っても魔女、というところか。私の邪眼を見て金縛り程度で済むとは。人であれ、魔物であれ、普通は即死なのだがね。 ──ともかく、捕まえたよ」
両手を上げ肩をすくめながら、やれやれと言ったポーズでヴラドレイが近づいてくる。
「しかしキミは本当に魔女かね? 強いは強いが、私の知る魔女の
超越者だからこそ
「さてさて殺す前に、キミが夜の魔女なら、聞いておきたいことがある。 ──面白い少年を飼っているのだって?
少年、という言葉を聞いて、ジュリエットの目が冷気を帯びたように冷たくなる。
「何の、ことかしら?」
「いやいや。その目、とぼけても無駄だ。魔境の反対で、
(──ギネラ・イデンティラ!)
彼女の脳裏に厚化粧の怪人が
「内包する膨大な魔力。稲妻のような紋様。その少年はもしかしたら、神の器なのかも知れないな?」
吸血鬼が眼前で立ち止まった。青い顔は喜色に染まり、紅い眼は
その手が頬に触れた。強烈な悪寒と虚脱がジュリエットを襲い、体内の生命力が奪われてゆく。
「あああっ!」
「聞けば十一年前、少年を孤児院へ預けた男は、そこの
彼女は
「古い話だが、稲妻の紋様を宿した人間が、その身に神を降ろしたという記録がある。 ──そんな少年が手に入ったら、我らの目的に一歩近づくかも知れない」
「あ、あなた方の、目的とは一体、何なのですか」
右手を胸に当てて俯き、ヴラドレイはわなわなと震える。
そして「よおくぞ聞いてくれましたあ!」と叫び、大仰に両手をひろげた。
「
今度は左手を胸に当て、頭上を仰ぐ。
ヴラドレイはまるで舞台に立つ俳優のように、存分にもったいぶった口調で話を続けた。
その姿はさながら、悲劇の主人公のようだ。
「神ならば、さすがに私を殺せるだろう。最後に死力を尽くせば私の、
叫びが、墳墓内を虚しく響き渡った。
大袈裟な所作で筒形の
その影からは一筋の涙が滑り落ちていた。
「夜たり得ない『宵闇の魔女』よ、キミの力では私に届かない。なればせめて、少年の居場所を吐いてくれないか」
ヴラドレイがジュリエットの首を絞め、持ち上げる。
「あっ、くっ──」
「神の復活のために。意味のない私の命を終わらせるために!」
邪眼による
さらには超怪力による
ジュリエットは今、絶体絶命の
「さあさあ! 教えてくれれば、このまま楽に死なせてやろう! でなければ、理性なき我が眷属へと堕とすのみ!」
ヴラドレイが、尖った
しかし零距離。
圧倒的な零距離。
「ネ……ロ……」
ジュリエットは薄れる意識の中、掠れる声で愛猫の名を呼んだ。
同時に、彼女の胸が輝いた。
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