第四七話 燃える剣

 夜の魔女と、吸血鬼の真祖。


 超越者同士の殺し合いが始まった。


 黒い閃光と紅い軌跡が幾度もぶつかり、その余波によって周囲の下級吸血鬼レッサーヴァンパイアが細切れにされる。


 黒い魔力と紅い妖気が撒き散らす圧力プレッシャーが、墳墓の内壁に幾筋ものヒビを作る。


 ジュリエットは床を砕く勢いで踏み込み、限界まで伸ばした腕で黒い濶剣ブロードソードを振るった。

 敵の姿が掻き消え、剣尖けんせんを大きく超えた先の石壁が、いや、広間全体が両断される。

 

 頭上に現れたヴラドレイが、真紅に染まった爪槍を撃ち出した。高速で首を捻り、紙一重で躱すジュリエット。

 その頬には赤い血筋が浮かんでいた。


 永遠を予感させる闘い。


 しかしヴラドレイが被弾した箇所は霧散し、すぐさま復活する。

 対してジュリエットは敵の斬撃が掠めるたび、確実にその傷を増やしてゆく。


「いやはや! 今日こそ死ねると! 思ったのに! このままでは、キミが先に倒れるのではないかね!? 貴婦人ミレディ!?」


 刹那、ジュリエットの足元に闇が溢れる。


 闇は彼女を覆い隠すヴェールとなり、ねじれた柱となり、そして高速でほどけた。


「あら、何かおっしゃいまして?」


「いやいや、いやいや!」


 驚嘆するヴラドレイの前には、変わらずジュリエットが立っている。だが、身体に刻まれた傷は癒え、破れたドレスは完全に元の姿となっていた。


「素晴らしい! 前言撤回だ! 今日こそ私は! 死ねるかもしれない!」


 小手調べは終わりだと、ヴラドレイが爪を振るった。縦横無尽に赤い軌跡が生まれ、空間の断裂が魔女を襲う。


 その全てを躱したジュリエットは、スカーフが少しほつれていることに気づく。

 

 死闘はまだ、始まったばかりだ。







「うおっ!?」


「うわっと! である!」


「ここは、──確かに、地下墳墓カタコンベの入り口のようだね」


 黄金の亜空間から吐き出されたアルバートたちは、岩肌の洞穴を見上げ、自分たちが墳墓の外へ出たことを確信した。


「アルバート、J殿はその、大丈夫なのだろうか」


 一本剣となったモーガスが、その太い眉を殊更に下げた顔で、同僚であり親友の優男に話しかけた。


「さて、わからないな──」


 アルバートはどうしたものかと考える。炎の聖女マリアが聖騎士達にこっそり制約ギアスをかけているとは言え、ジュリエットが魔女だと明かしたわけではない。


 彼が逡巡していると、モーガスが不安を隠しきれない口調で続ける。


「相手は公爵デュークと名乗った。つまりは吸血鬼の真祖、その中でも最も上位の存在だろう。それこそ、我々が想像もできないほどに恐ろしい手合いのはずだ」


「それは、そうだね。だけどJ殿は、マリア様が自分の代わりにと紹介してくれた人だよ。それに見ただろう? あの人は僕たちが手も足も出なかった巨人兵ゴーレムを、たった数発で倒したんだ。信じよう」


 アルバートも、一本剣と同じ不安を感じている。だが見上げた雲の高さが分からないように、人の身では超越者の強さレベルなどわかるわけがないのだ。

 ましてやどちらが勝つかなんて、答えようがない。


「しかし、彼女に何かあれば私は──」


 なんだこいつは、「俺、この戦いが終わったらプロポーズするんだ」とでも言いたげな表情だ。


「隊長殿、これからどのようになさいますか」


 アルバートが、これ以上何を言えばいいんだと悩んでいると、薄頭のラスティスから助け舟が出た。

 これ幸いにと一本剣モーガスの会話を終わらせ、この流れに乗る。


「そうだね、馬を調達したいところだけど、グラスマント村に行くのは自殺行為だろう。さてどうしたものか、 ──ん?」


 遠くに、いくつかの気配を感じた。まばらな木々の間から、こちらの様子を伺っている。


「総員、戦闘体制だ! ヴァンパイアが来るぞ!」


 アルバートが抜剣し、モーガスもそれに続く。ラナが、ノーマンが、それぞれの得物を構え、大盾の聖騎士達が前方に出る。


 ラスティスが神聖術の詠唱を開始し、フェリオが、フェリオが──


「しまった! 武器がねぇ!」


 大斧を置いてきてしまったフェリオ。「嬢ちゃんみたいに拳で語るしかねぇな」と覚悟を決める。


「フェリオ! これを使え!」


 アルバートから投げられた大剣を、フェリオが慌てて掴んだ。それは最後の玄室で見つけた遺物レリックだった。


 彼らは遺物レリックを持ち帰らねばならない。うっかり破損させてしまっては、全員のクビが飛ぶどころではないのだが──


「隊長! こりゃぁマズイんじゃねぇの!?」


「ここで死ぬよりマシだろう!? 腹を括れ!」


「上等!」


 フェリオが、長さの足りていない鞘から大剣を引き抜く。激戦の予感に闘気を燃やすと、同じく燃えるルーン文字が剣身に走った。


 劫火ごうかの剣。


 それは、彼らがまだ知り得ない、剣のめいである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る