第四六話 おゆきなさい

「さあさあ、その剣を渡してもらおうか!! さあさあさあさあ!」


 ヴラドレイがステッキを向け、存分に芝居がかった台詞セリフ回しでアルバートに迫った。


「野郎!」


 敵が間合いに入ったことで、フェリオが上段からひしゃげた大斧を叩き込む。

 屍鬼グールの塊を切り飛ばした重く鋭い一撃は、いとも簡単に掴まれ、勢いのまま逆方向へ飛ばされてしまった。


「があっ!」


 背中から落下したフェリオが呻めき、狩人と役人だった下級吸血鬼レッサーヴァンパイアが彼に襲いかかった。


「フェリオ!」


 ノーマンが、フェリオを助けるべく駆け出す。しかしそれよりもはやく、ジュリエットが抜き去った。


 横なぎの黒い剣閃は下級吸血鬼レッサーヴァンパイアを真っ二つにすると、そのままの勢いでヴラドレイを背後から串刺くしざした。


 その瞬間、ヴラドレイの姿が赤黒いもやとなって霧散する。


「な、消えた!」


 一連の光景をかろうじて目で追っていたアルバートは驚愕を口にするが、突如怖気を感じ、反射的に聖剣を振るった。

 必殺の一文字斬りが、背後に実体化したヴラドレイに直撃する。


「おやおや、なかなか良い反応速度じゃないか! だがその程度の力じゃあ私は斬れないよ!」


 聖剣は相手の胴で止まり、振り抜けない。青白く発火し、その表面を僅かに焦がす程度だ。魔を祓う聖剣の力が、吸血鬼の真祖ヴラドレイに通用しない。


「嗚呼、私は今日も! 死ぬことが叶わないのか!」


 嘘くさく悲しむそぶりを見せながらヴラドレイが聖剣の主アルバートを拘束し、「いただきます」と言ってその首に噛みつこうとした。


「ぐっ!」


「いいえ、殺して差し上げますわ」


 至近距離から豪速で放たれた黒杭パイル。それが頭部に直撃する瞬間、ヴラドレイはまたももやとなって霧散した。


 今度は逃走経路を塞ぐように、泉を挟んだ反対側で実体化する。


「やはりやはり。キミは只者じゃなさそうだね、貴婦人ミレディ?」


 吸血鬼の真祖トゥルーヴァンパイアが大仰に両手を広げ、叫ぶ。その体が紅い妖気を帯びた。


「いやいや、気が変わった。まずはキミという晩餐を楽しもうじゃないか! 無粋な鎧騎士には相応しい相手をあてがってね!」


 津波のような振動が、地下墳墓全体に響いた。それは一瞬ごとに大きくなる。先ほどの、屍鬼グールの比では無い。

 狩人と役人の末路を見た後だ。何が来るかは明らかだった。


「さあさあ、村ひとつ分の吸血鬼だよ? 存分に踊ってくれたまえ!」


 ヴラドレイが酷笑わらい、


「くそっ! グラスマントだと、百人はいるんじゃないか!?」


 モーガスが叫び、


「みんな、固まるんだ!」


 アルバートが指示を飛ばす。


 しかし、彼もどうすればいいかわからない。ジュリエットが魔女とは言え、百の吸血鬼とヴラドレイを相手に勝てるとは思えない。


「アルバート様」


 その時、ジュリエットがそっと耳打ちをしてきた。


「Jさん、何か妙案でも!?」


「あなた方を地下墳墓カタコンベの入り口へ飛ばします。詳しい説明をしている暇はありません。合図をしたら皆様で飛び込んでください」


 ──大丈夫です。イメージは出来ておりますので。

 そう言って彼女はラナの後方に手をかざす。


 あそこに行け。つまりはそういうことだ。


 言っている意味の大半をアルバートは理解できなかったが、聞き返す時間はない。ただ、魔女の案に賭けるしかなかった。


「わかりました! 全員ラナの位置に固まれ!」


 泉の広間に、下級吸血鬼レッサーヴァンパイアが殺到した。

 生きる者すべてを憎むような形相が、その血を啜ろうと牙を向く。


 一瞬で広間を埋め尽くした赤目の怪物たちが、恐るべき俊敏さで聖騎士たちに追いすがり──


 間一髪、ジュリエットの『門』が完成する。大空洞へと至る通路上に、黄金の亜空間が開いた。


「おきなさい!」


 『門』は制御の難しい魔法だ。ここから入り口までの距離とは言え、気を抜けば彼らを虚無に落としてしまう。

 ジュリエットは最大限に魔力を集中して、此処と彼方を繋げた。


「みんなアレに飛び込め!」


 アルバート以外の聖騎士たちは訳がわからず、しかし隊長の指示を受けて勢いよく『門』へと飛び込んだ。


「Jの字!」


 ラナが叫ぶ。夜の魔女は振り向かず、ひらひらと手を振った。


 虚空を引き裂いて現れた亜空間は、彼らを飲み込んだあと幻のように掻き消えた。

 まるで初めから何もなかったように。


 同時に吸血鬼たちが、ビタリと静止する。あれほど憎悪を漲らせていた怪物たちは、彫像のように動かない。


「やれやれ、成り立てでは自立行動できないのが難点だな。しかし、今のは『門』だね。魔術師がそんな芸当を、──いやいや、これは詳しく聞かせてもらわないと」


 数多の吸血鬼が直立する異様な空間で、ヴラドレイはステッキを回しながら楽しそうに顔を歪めた。


わたくしも聞きたいことがありますわ」


「おやおや、何だね?」


「あなた方の首魁、かずらの魔女フローラの居場所ですわ」


 その言葉にヴラドレイは瞠目し、次に青い顔が納得の色に変わる。


「ほうほう、それはそれは、──その名を知っているということは! 君も魔女だね! 貴婦人ミレディ!?」

 


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