第四四話 最後の玄室

「これは、どうしたものか」


 棺を前に、三本剣のモーガスが呻いた。


 途方もないほど長いあいだ、この玄室は密閉されていたのだろう。扉の朽ち具合を見ればわかる。

 ただそれは外側の話であって、玄室の側から見た扉に侵食の跡は確認できない。壁や床に使用されている石材も、経年による劣化は見られない。


 この大きな棺も同様だ。


 全体的にさまざまな彫刻が施され、弧形アーチ状の屋根は青く塗装されている。ふちは金を塗っているのだろう、奇跡の光をまばゆく反射していた。


 一切の、破損・汚損がない。


 この棺が、安置された当時の姿をそのまま残しているのは、誰の目にも明らかだった。


「この地下墳墓にどんな由来があるのかわからないが、これは歴史的に大変貴重な発見じゃないのか?」


 モーガスがアルバートに水を向ける。俺たちみたいな素人が、棺をあばいてもいいのかと。


「確かに、王都から学者たちを連れてきた方がいいのかも知れないね。少なくともこの棺には、地位の高かった人間が納められているだろう。いや、大きさから考えると人間とは限らないけどね? ──Jさんはどう思われます?」


 話を振られたジュリエットは、思案する素振りも見せず即答する。


「開けてしまいましょう。もちろんわたくしに任せていただけるなら、できるだけ丁寧に開けて差し上げますわ」


 躊躇なく言い切った魔剣士の言葉に、アルバートが少しの逡巡を見せる。

 

 自分たちの任務は、この地下墳墓にあるかも知れない遺物レリックの確認だ。

 それを確かめもせず、「自分たちでは判断できないから学者を派遣してください」ではお話にならない。


「よし、初心に帰ろう。守護者ガーディアンが守っていたほどの墓だ。何かあるだろう。それを持って帰るのが僕たちの仕事だ。無ければないで、そのように報告するだけさ。──モーガスもそれでいいね?」


「ああ、そうしよう」


 アルバートは同僚にそう確認し、部下たちを見回す。彼らからも無言の肯定が返ってきた。


「ではJさん、お願いします」


「承知しましたわ。トラップの可能性もあるので、皆様は少し下がっていてください」


 トラップと聞いて、十人の聖騎士が急いで入り口へ移動した。

 一番後ろに居たラスティスが、頭頂部を光らせながら魔剣士に質問をする。


「J殿、ちなみに罠というのはどのような物が考えられるのでしょうか。なにぶん私たちは冒険者の方と違って、こういった事にうといものでして」


「そうですわね、石弓の矢が飛び出したり、毒の気体ガスが発生したり、爆発、──ひどいものだと石の中に転移させられるものもありますわ」


 返ってきた答えにゾッとするラスティスだが、ジュリエットも知っているわけではない。

 執事から聞いたことをそのまま口にしただけだ。


 ただ、罠がある可能性は否定できないし、それに対応できるのも、この場では彼女しかいない。


「心配はいりませんわ。ゆるりと眺めていてくださいませ」


 ジュリエットが左のてのひらを前にかざすと、虚空から黒い霧がじわじわと染み出す。

 それは結界となって、棺を覆い尽くした。


 次に右のてのひらを上に向け、ゆっくりと上げる。

 黒い霧の中で、ぎしぎしと何かが軋む。


 聖騎士たちは固唾を飲んで、その光景を見守る。恐らく自分たちでは理解し得ない精緻な作業なのだろう。


 何をしているか興味津々なラスティスも、邪魔をするまいとその口を固く閉ざしている。


 軋む音は、石臼をこするようなごりごりとしたものに変わり、やがてそれもんだ。


「──終わりましたわ」


 ジュリエットは大きく息を吐き、指を鳴らす。黒い霧が霧散し、その中があらわになった。


 棺の屋根は、はこもたれかかる形で外れている。


「ありがとうございますJさん。して、罠はかかっていたのでしょうか?」


 アルバートが前に出て労い、質問した。


「ありませんでしたわ。念のため結界を張っていたのですけれど、杞憂でしたわね」


「いやいや、もしもの場合に備えるのは必要なことですよ。どのみち僕たちでは棺を傷つけていたでしょうしね。助かりました」


 棺を最小限のダメージで開けた魔剣士に感謝の言葉を述べ、アルバートは石棺の中を覗いた。

 他の聖騎士たちも集まってくる。


 中に納められていたのは、人の倍はあろう巨人の木乃伊ミイラだった。

 石棺の屋根と同じ青色の衣装を纏ったその骸は、地位の高さを窺わせる。


 特徴的なのは、剥き出しの頭部に見える三つの眼窩。その大きさと相まって、人間でないのは明らかだ。


 そして、胸元には抜き身の大剣が置かれている。

 こちらは人間サイズのものだ。握りとつばには儀礼的な装飾が施されている。


「これは……手にとって呪われたりしないでしょうか?」


 美しい剣に目を奪われ、しかし自制心を発揮したアルバートが、ジュリエットに質問した。


「見てみましょう」


 言うが早いか、ジュリエットは無造作に手を伸ばし、大剣を軽々と取った。まっすぐ縦に構え、その剣身をジッと見つめる。

 そして半回転させると、握りグリップをアルバートに向けた。


「大丈夫ですわ。何らかの力が宿っていることは確かですけれど、詳しくはマリア様に見ていただいた方がよろしいですわね。あの人、魔具を蒐集コレクションするのが趣味ですから」


 ──試しに、発動させてみましょうか? と付け加えて、剣を渡した。


「いえ、やめておきましょう。僕たちの仕事はこれを持ち帰ることですから。変なことをすれば怒られてしまいますしね。──モーガス、鞘をくれないか」


 すでに一本剣となってしまっていたモーガスから余った鞘を受け取ると、アルバートは剣を納める。剣身が余ってしまうが、仕方がない。


「さあ。あとは帰って、総長に報告するだけだ。ここの調査は学者がやるだろう。護衛を任じられるかもしれないが、その仕事は第二聖騎士団にでも振ろうじゃないか」


 その言葉を聞いて、疲労困憊ひろうこんぱいだった面々はほっと息を撫で下ろした。


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