第四二話 またコイツか

 それから二つの玄室を通り、スケルトンやゴーストと戦った攻略隊は、これまでとは少し様子の違う空間に出た。


 天井の低い広間の中央には、地下水を湛えた人工的な泉がある。その周辺には紅く染まったボロボロの何かが散乱していた。


 ラスティスが戦槌バトルメイスでそれらを転がし、一つひとつ確認する。


「どうやら、最初に派遣された冒険者達の骸ですな。ここに逃げ込んだ後、先ほどの屍鬼グールどもに食われたのでしょう」


 内臓だけをきれいに食べられた冒険者の骸は腐乱し、強烈な臭いを放っていた。


 彼は骸を一ヶ所に集め、祈りを捧げた。哀れな冒険者たちが、動死体ゾンビにならなかったことは不幸中の幸いだった。


 他の聖騎士達もラスティスに続いて黙祷を捧げ、泉の広間を出た。

 先に壊滅させられた仲間たちの骸はどうなっているのか、一抹の不安を抱えながら。



 そこからは一本道だった。かなり広いはずの地下墳墓カタコンベだが、運が味方したのだろう。

 わずかに上り坂となっている長い長い通路は、一歩進むごとに広くなってゆき、いつしか大空洞となっていた。


 暗く、全容の知れない空洞の向こうに、紫の発光体が見える。それは宙に浮かんでいるようにも思えた。


「おいおい、なんだよあれは」


 大斧の灯りを向けても、その光が届かない距離にある紫電を指して、フェリオが驚きを露わにする。


「なんでもいいだろ! あれが守護者ガーディアンなら早いもん勝ちさ!」


 暗くて正確な距離が計れない都合、相手の大きさもわからないのに、ラナが駆け出した。


「おい待て! ラナ!」


 フェリオが叫ぶものの、手柄は自分のものだと言わんばかりに戦鎌バトルサイスを振り回して走るラナ。

 先走る女騎士を止めようと、数人が後を追った。


「まったく。──Jさん、あれに心当たりはありませんか?」


 あれが守護者ガーディアンであれば、先に来た仲間を壊滅させた力を持つ化け物だ。

 部下の暴走にほとほと困り果てたアルバートはジュリエットに意見を求めた。


「おそらく、守護者にうってつけの魔法生物ですわ。早く止めなければ、ラナさんはお亡くなりになるでしょうね」


 その声に、少しの苛立ちが乗っている。アルバートはそれが、彼女の言っていた「いやな予感」だと判断した。


「ラナ! 他の皆も戻るんだ!」


 しかし、遠くの発光体に動きがあった。稲妻のような力場を発生させ、同時に地鳴りを起こす。

 走っていた聖騎士たちが揺れる地面に足を取られ、動けなくなった。



「あれは巨人兵ゴーレム。それも、魔境の最奥にいるレベルですわ」


 まさか先日と同じ個体ではないだろうが、紫の光がその強さレベルを示している。


 恐ろしい補足を聞いて、アルバートが駆け出す。


「くそっ! ラスティス、大光だ! ここを照らせ!」


「承知!」


 ラスティスが随走しながら、奇跡の詠唱を開始した。


「ラナ! あいつはもうクビだ!」


 一歩遅れてモーガスも走り出した。


 ラスティスの詠唱が完成し、大空洞が光で満たされる。

 視界を確保したアルバートが見たものは、石柱のような剛腕にラナが叩き潰される寸前の光景だった。


「はあ……」


 ため息をついたジュリエットの瞳に、青い燐光が灯った。


「──っ!」


 眼前に迫るゴーレムの拳を見て、ラナは戦鎌バトルサイスを構える。しかし何の役にも立たないだろう。流石の彼女も死を覚悟して、目を瞑ってしまった。


 岩盤が爆砕する。


 ラナは浮遊感を覚え、「ああ、痛みを感じる間もなく死んだのか」と思った。

 だが次の瞬間に、首を強く絞められた苦しみで目を開けた。


 大斧の騎士フェリオが、盾と剣の騎士ノーマンが、眼下に見える。彼らも吹き飛ばされたようだ。


 そこで、ラナは自分が宙を飛んでいるんだと気づいた。


「ぐっ!」


 次に感じたのは着地の衝撃だった。背中を強打し、肺の空気をすべて吐き出してしまう。

 強烈な痛みと制御できない咳を繰り返しながら、見上げた場所にはJが立っていた。


 そして理解する。こいつが自分を捕まえて巨人兵ゴーレムの攻撃から救ったのだろうと。

 数百メトリ後方にいたはずの、この女が。


「誰が、助けろなんて、言ったよ!」


 プライドを傷つけられ、ラナが叫ぶ。


「あら。邪魔だったから、退いてもらったのだけど。えーと、あなた名前は何だったかしら、──バカ?」


 まぁいいわ。そこで座って見ていなさい。ジュリエットはそう言い残して、背中を向けた。

 気づけばもう、はるか向こうにいる。


「くそっ! アイツめちゃくちゃ性格悪いじゃねぇか!」



 ジュリエットが前線に戻ると同時に、巨人が放つ咆哮を喰らってフェリオとモーガスが吹き飛ばされた。


 大斧はひしゃげ、三本剣のうち二本が折れている。


「ぐうあ! 近づけねぇ!」


 得物えものに寄りかかり、フェリオが立ち上がる。しかしモーガスは頭から血を流し、起き上がれないでいる。


 後方ではラスティスが大盾の聖騎士たちに守られながら、ノーマンに治癒術を施していた。大怪我を負ったのだろう、気を失っている。


 アルバートも、巨人兵ゴーレムの攻撃を躱すので精一杯のようだ。闘気による身体強化も通用していない。


 屍鬼グール戦では見事な連携を見せた聖騎士たちだが、圧倒的な理不尽を前になす術もない。


 アルバートが巨人兵ゴーレムの間隙を利用して、ジュリエットの元へ駆け寄ってくる。


「これが守護者で間違いないようですね。向こうに大きな扉が見えます。遺物レリックがあるかはわかりませんが。──Jさん、お任せしても?」


「当然ですわ、その為に来たのですから。アルバートさまは皆さんを出来るだけ遠ざけてください」


「わかりました! ──みんな! 後方へ退くんだ! 早く!」


 アルバートは素早く騎士をまとめ上げる。

 フェリオとモーガスは這々の体で何とか離脱した。

 ラスティスがノーマンを担ぎ、大盾の騎士たちが殿しんがりを務める。


 侵入者を逃すまいと、巨人兵ゴーレムが突進する。


 だが、ジュリエットが立ちはだかった。


 両手には黒い手甲ガントレット、両足には黒い足甲グリーヴを装着している。


 紫光の核が明滅し、幾重にも重なった金属的な声が響いた。


『我ラが神ノ、匂イがスル』


「もうそれ、うんざりですわ」


 夜の魔女は右手をまっすぐ伸ばすと、四本の指で手招きをした。


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