第四一話 墳墓の遭遇戦

 そんな益体もない会話を続けていると、三叉路に出た。アルバートは迷わず左へ曲がる。


 曲がった先の通路は、大量の人骨が壁に敷き詰められていた。三本剣のモーガスが壁に松明を向け状況を考察する。


「なるほど、これはどこかから移されてきた骨だな。出るとしたら動く骸骨スケルトンか、死霊ゴーストか──」


 その時、屋内で響く豪雨のような音が聞こえてきた。

 連続的な響きはだんだんと大きくなり、何かが迫っているのは明らかだった。それに奇声が混じり始める。


「モーガス残念、屍鬼グールだね」


「なっ、ここに奴らが食うものなど無いだろう!?」


 アルバートが聖剣を抜き放ち、モーガスがそれに続く。


「なんでもいいや、ぶっ殺せれば! おら! 来いよ!」


 ラナは戦鎌を構えて大きく前に躍り出た。他の聖騎士たちも戦闘態勢に入る。


「多いぞ! ラスティス、大光の奇跡を!」


 三本剣のモーガスが叫んだ。


 人骨ひしめく通路の奥を、屍鬼グールの赤い瞳が埋め尽くした。少なくとも三十体はいるだろう魔物の大群が、猛然と迫ってくる。


「みな、解呪ディスペルは効かない! ラスティスの光を合図に各個撃破だ!」


 アルバートが指示を飛ばす。


 屍鬼グールはしばしば動死体ゾンビのようなアンデッドと勘違いされるが、実態は生死を問わず獲物の肉を喰らう鬼だ。

 奴らの狩場は死体が転がる戦場跡地であったり、人の少ない寒村だったりする。こんな骨だらけの墓地に居るわけがない。


 しかし考えている暇はない。屍鬼グールは非常に俊敏であり、躊躇しているとこちらがやられてしまうからだ。


「全員、目をつぶりなさい!」


 ラスティスの奇跡が完成し、影の一片も許さないほどの強烈な光が通路内を照らした。

 神聖なる光に目を焼かれた先頭の屍鬼グールがもんどりを打って倒れ、後続が次々と引っ掛かる。


「はい一匹目っと」


 勢い余ってラナの前に転がったグールの首に、戦鎌(バトルサイス)が突き刺さった。


「やれ!」


 アルバートの号令と共に大盾おおたてを持った四名の聖騎士が、素早く前に出て防壁を作った。

 その隙間から大斧の騎士フェリオと、盾と剣の騎士ノーマンが飛び出す。


「だあああっ!」


 大斧が暴風となって、倒れてもがくグールを切り飛ばす。運良く絶命を逃れた魔物は、しかし長剣で首を刎ねられていった。


 後続のグールが、死体となった仲間を踏みつけて殺到した。


 フェリオとノーマンは素早く下がり、代わりに防壁が前線を上げる。

 四名の聖騎士は姿勢を低く保ち、大盾を横倒しに構えて守備範囲を広げ、魔物の第二陣を押し返した。


「おらっ! 死ねぇ!」


 防壁の上を、死の突風が吹く。同じく後方に下がっていたラナの戦鎌が、群がる魔物の命を刈り取って行った。


「開け!」


 号令と同時に大盾が左右に退き、道ができる。そこを聖剣のアルバートと三本剣のモーガスが走り抜けた。

 矢のように飛び出した二人は、通路の奥で機会を伺っていた屍鬼グールに襲いかかる。


 不意をつかれた格好の魔物たちは成す術もなく、あっという間に斬り殺された。


「ふ〜〜っ」


 アルバートが聖剣を鞘に納め、大きく息を吐いた。それが戦闘終了の合図となり、隊士たちも緊張を解く。


「まっ、余裕だったな」


「ばかもん! 号令を待たず、勝手に前線を上げおって!」


 鎌を担いだラナが魔物の死体を蹴り飛ばしながら感想を述べるが、すぐさまモーガスのお叱りを受ける。

 それを横目に、アルバートは先ほど同僚モーガスが口にしていた疑問を反芻していた。


「確かに、グールのエサになるような物なんてここにはないなぁ。それに、こいつらはどこから入ったんだ?」


 その独り言に、ラスティスが反応した。彼もおかしく思っていたのだろう、自分の意見をぶつけてみる。


「例えば、地下墳墓の反対側がドランジア帝国に繋がっていて、そこから来たとは考えられませんか?」


「まさか、ここは山岳地帯だよ? だとしたら墳墓の規模は相当広いことになる──」


 いや、可能性としてはあるのか? と、もう少しだけ意見を交わそうとしていた聖剣の騎士アルバートに、背後から声がかかる。


「アルバートさま?」


「ジュ──Jさん。どうされました?」


 音も立てずに近寄っていた魔剣士に驚き、アルバートはうっかり彼女の名前を言ってしまいそうになる。


「議論の最中申し訳ありませんが、急がなくてよろしいのですか?」


 ジュリエットは彼の耳に顔を寄せて「いやな予感がします」と捕捉した。


「ええ、そうですね。失礼しました、先を急ぎましょう」


 

 腑に落ちない状況に魔女の不吉な言葉が添えられた形となり、アルバートは探索の再開を指示した。


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