第四十話 地下墳墓へ

 洞窟の発見者である狩人とグラスマントの役人に案内され、聖騎士たちと魔剣士は山岳地帯を北へと抜ける。

 普段から冒険者が精力的に活動を行っているため、この付近で魔獣と遭遇する心配はほぼない。


 しかし遺物レリック捜索の目的があるとはいえ、地下墳墓カタコンベを放置している以上、迷い出たアンデッドが近隣住民の命を脅かす危険がある。

 それでなくとも、北の帝国ドランジアと小競り合いが多い地域だ。


 できるだけ迅速に解決してほしい。これがグラスマント村の願いだった。



 日が完全に暮れて一刻ほど経ったころ、一行は目的地に到着した。


 岩肌にぽっかりと口を開ける洞穴ほらあな。手前には崩れた岩が積み上がっており、これを登らなければ中には入れない。


「ここまでご苦労だったね。あとは我々に任せて、君たちはグラスマントに戻ってくれたまえ」


 聖騎士を率いるアルバートが代表して、案内人を労う。狩人と役人はすがるような表情で「どうかおねがいします」と言い残し、村へと戻っていった。


「まったく、聖騎士の俺たちが、木登りならぬ崖登りとはな、──よっと」


 一人の騎士が前に出て、大斧を放り投げた。狙い通り洞穴の中へ入ったのを確認すると、ひょいひょいと軽い身のこなしで岩を登り、自分も穴の中へ入っていった。


 とはいえ、入り口までは五メトリ約五メートルほどの高さであるから、驚くほどのことではない。


 長剣と盾を持った別の騎士が、先に入った騎士へ声をかける。


「フェリオ! 中の様子はどうであるか!」


「おう、ノーマン。とくに何もないぜぇ。みんな登ってきて大丈夫だ」


 フェリオと呼ばれた大斧の騎士が、長剣と盾の騎士ノーマンにそう返した。


「さてみんな、フェリオに続こう」


 隊長のアルバートが跳躍した。


「ほらほら、置いてっちゃうよ〜」


 岩を登ろうとしていたノーマンを跳び越して洞窟内部に着地すると、彼は軽いノリのセリフと共に、奥へと消えていった。


全身鎧フルプレートを着ているのにこの高さを跳ぶとは、相変わらずおかしな身体能力であるな」


 他の聖騎士たちが低い崖を登る中、鎌の騎士ラナがジュリエットに絡んでくる。


「J、あんたは登んねぇのか? それともドレスが汚れるのを気にしてるのかい?」


 ちょうど洞窟周辺の景色を記憶に焼き付けた魔剣士Jは、ラナを無視してふわりと浮かび上がった。

 重力を無視した空中浮遊で、聖騎士たちの頭上を越える。


「浮遊の魔術か!」と驚き見上げる三本剣のモーガスだが、スカートの中は暗黒に染まっており、深淵を覗くことは叶わなかった。


「やっぱいけすかねぇな」


 優雅に着地した魔剣士をラナは睨みつける。ジュリエットはそんな視線を知ってか知らずか、さっさと消えていった。



 全員が揃い、奥へと進む。先頭はフェリオが歩いていた。誰かが神聖魔術を使ったのか、幾人かのポールウェポンにあかりが灯っている


 洞窟は緩やかに下降しており、内部はやがてキレイに削られた岩壁が目立つようになってきた。

 傾斜がなくなり、長方形の広い空間へと出る。左右にはそれぞれ道が続いていた。


「これは、どっちに進めばいいのかな。ラスティス?」


「生き残りの話では右に進んだとのことです。その向こうには玄室があり、さらにその先を左に進んだらしいですが、──しかし内部は複雑で戦闘も続いたことから、確実な記憶とは言い難いでしょう」


 アルバートが呟き、ラスティスと呼ばれた戦槌バトルメイスの騎士がすらすらと答える。


「そうか、じゃぁとりあえず右で左ね。そこから先は探索だ」


 そうして部屋を右へ進み、最初の玄室に出た。そこは真っ黒な煤で汚れており、火炎系の魔術が行使された痕跡がある。

 部屋には大小様々な『炭化した何か』が散らばっているものの、壁面や石床に破損は見られなかった。


「これは、最初に派遣された冒険者たちが戦闘をした跡であるかな?」


「うちにゃ魔術師はいねぇから、それで合ってるんだろうけど、──冒険者の死体がねぇな?」


「ここは難なく切り抜けて、奥へ行くほど余力を失い、アンデッドに囲まれて全滅、──というところであろう。澱んだ瘴気に当てられて、ゾンビになっていないことを祈るばかりであるな」


 盾と剣の騎士ノーマンと大斧の騎士フェリオが、現場について思案する。そこに隊長のアルバートが割って入った。


「まあ、先を急ごうか。僕らの目的は守護者の討伐と、遺物レリックの確認だ。さっさと終わらせてここを浄化するなり封印するなりしないと、グラスマント村の民も安心できないからね」


 最初の玄室を後にして、攻略隊は奥へと進む。


 ラスティスはまだ使えそうな燭台に火を灯し、薄くなった頭頂部を光らせながら、ジュリエットに話しかけた。


「J殿は魔剣士ということですが、いかような魔術を使われるのですかな? 先ほどの浮遊魔術は見事でしたが、そのような魔術を聞いたことがありませんので、差し支えなければ」


 トワセイル聖騎士団に魔術師はいない。その穴を埋めるという名目でジュリエットは協力している。

 しかし彼女は『夜の魔女』であって、魔術師ではない。

 火属性だとか風属性だとかわかりやすい力を使うわけでもない。(古代語魔術にメリットを見出せず、覚えてすらいない)


 どう返答したものかと思案していると、ラスティスが続けた。


「魔剣士という職種クラスも、シンダリルでは馴染みのないものでしてな」


 この会話に聖騎士の全員が注目している。ジュリエットは仕方なく、ふわっと答えることにした。


「夜系ですわ」


「夜系、ですか?」


「ええ、夜系のお仕事ですわ」


 よくわからないという反応を示すラスティスの陰で、三本剣のモーガスは神妙な顔をしていた。


(美しい容姿、華やかな金色の髪、着飾ったドレス。そして、──夜系の仕事とは一体……)


 Jに酌をしてもらう光景を幻視したモーガス。そこには刹那的な幸せが満ちていた。


 彼はかぶりを振って、任務に集中! と自分に言い聞かせた。


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