第三九話 魔剣士J

 出発の朝、聖堂の前にはアルバート以下十名の騎士と、マリア達が顔を合わせていた。


 アルバートがマリアの前に立ち、右手を胸に当てて礼を述べる。


「マリア様、この度は聖騎士団の要請をお聞き入れくださり、ありがとうございます」


「あらあら。常からエレヴァリアのために身を削っておられる、聖騎士の方々に協力するのは当然のことですわ。どうぞ、お気になされませんよう」


 一瞬、ジュリエットが返答したのかと勘違いしたリアン。それが聖女の口から紡がれた言葉だと気づいて言葉を失う。


 少年の視線を知ってか知らずか、彼女はどこか得意げな顔だ。


「ですが、わたしは聖騎士の方々についてゆけません。代わりに友人の、魔剣士Jに同行してもらうことをお許しいただけるでしょうか」


 魔剣士Jという珍妙な名前に笑いを堪えながら、アルバートは「もちろんです」と折り目正しく礼を重ねた。

 他の騎士たちからは、ざわざわとした声が聞こえる。


「聖女様の友人、さぞや腕が立つのだろう」

「魔剣士J、いったい何者なんだ」

「けっ、いけすかねえ」


 マリアが考えた設定にさして興味も示さず、微かに聞こえた罵倒を意に介さず、Jは淡々と挨拶をする。


「Jと申します。南方の自由都市フリネスで冒険者をやっておりますわ。この度はマリア様がどうしてもと言うので馳せ参じました」


 マリアは、躊躇なくJと名乗ったジュリエットが可笑しくて、憤死しそうだった。

 ついでとばかりにアデスをセット販売する。


「今なら、さすらいの武闘家Aもお付けいたしましょう。いかがでしょうか」


「武闘家Aってなんか弱そうだな」

「いや武闘家っていう歳じゃねえだろ」

「どう考えても執事だろ、転職希望の未経験者か?」

「けっ、いけすかねぇ」


 どうやら武闘家Aアデスの需要はなさそうだ。

 最後はアルバートから丁寧に謝絶され、アデスの参加は無くなった。


 かくして地下墳墓カタコンベ攻略隊は、シンダリルから北へ向かって出発した。

 この時間なら、夜までにグラスマント村へと辿り着けるだろう。


 マリアは流行りの喜劇でも見たかのように満足な顔で、彼らを見送った。


 リアンは、ジュリエットが通りを曲がるまで手を振っていた。ジュリエットも、リアンをずっと見ていた。


 アデスは少し悲しそうだった。







 十一の騎影は、血の平原を駆けていた。


 集団の最後尾を走るJに、女性の騎士が馬を寄せてくる。

 聖騎士の名に似合わず、戦鎌バトルサイスを背負っていた。


 Jは女を一瞥し、「いけすかねぇ」と言っていたのを思い出した。

 その女がからかうように声をかけてくる。


「なぁJ、あんたそんな格好で大丈夫か?」


 しかし、声をかけた側の疑問はもっともだ。J──ジュリエット──はいつもの黒いドレスを纏い、首には薔薇の刺繍が入ったスカーフを巻いている。


 武器と呼べるものは何も持っていない。


「葬式にでも行くような格好じゃないか。縁起でもねぇ」


「どうぞお気遣いなく。あなたこそ、そんな首刈り用の武器で戦えるのですか?」


 女の鎌は、峰が柄に対して直角に取り付けられており、刃は手元を向いている。つまり振り回しての刺突か、間合いに入った相手を引き斬るしかできない。

 横薙ぎに斬るなら、ロングソードを使った方がいい。


 農民兵が使うものより殺傷力は高そうだが、見た目の禍々しさに比べて戦闘向きとは思えない。


「はっ! これはなぁ、マリア様が聖別してくれた鎌なんだよ」


 どうやら鎌はマリアの趣味らしい。愉快犯的で確信犯的な贈り物だ。

 そしてこの女は、聖女の熱心な信奉者ファンなのだろうか。とても自慢げだ。

 聖別されたから戦闘向き、とはならないだろうに。


「そうですか。それはようございましたね」


 興味がないとばかりに、ジュリエットは視線を前に戻す。それが癪に触ったのか、女は聖騎士とは思えない口調で、さらに絡んでくる。


「てめっ! お高くとまってんじゃねえぞ!」  


 荒げた声を聞いて、前方を走っていた別の騎士が馬を近づけてきた。


「ラナ、いい加減にせんか!」


 三つの剣を背負ったその聖騎士が、ラナという騎士を怒鳴りつける。


「モーガスさん、こいつがいけすかね──」


「口答えをするな! 今からでもお前を王都に返すぞ!」


「くそっ!」


 叱られ、ぶつぶつと文句を言いながら、ラナは隊列に戻って行った。三本剣の騎士モーガスが、太い眉をハの字に下げてJに謝罪をする。


「すまなかったJ殿。聖騎士団とは言え、隊士には市井の者も多い。奴もその一人だ。実力はあるのだが、いかんせん言うことを聞かなくてな。この通りだ」


 とくに気分を害してなどいないジュリエットだが、謝罪を口にしたモーガスの地位が隊の中でも高いことを察して、多少の気遣いと笑顔を見せた。

 地下墳墓を攻略する以上、人間性よりも実力を優先させた編成なのだろう。


「いえ、人を率いるのは難しいことですわ。荒くればかりになると特に。──そういえば、ひとつ質問をしてもよろしいでしょうか」


「あ、ああ。答えられることなら」


 魔剣士の美貌に一瞬心を奪われかけたモーガスが、肯定を返す。


「先ほどの方の得物は、マリア様が聖別したものだとか。皆様の武器もそうなのですか?」


「いや、全てではないな。隊を率いるアルバートの剣は、侯爵家に伝わる聖剣だ。他には、自分で調達した魔剣を扱う者もいれば、付与術エンチャントが乗りやすいルーン加工を施した武器を使う者もいる」


 ちなみに私のは魔剣だ。そう言ってモーガスは説明を終えた。


「なるほど、勉強になりましたわ」


「いやいや。共に戦う以上、必要な情報だ。ほかに気になることがあれば、何でも聞いて欲しい」


 それから二人はいくつかの情報を交換しながら馬を駆った。


 日暮前にグラスマント村に到着した攻略隊は、強行軍によって疲弊した馬を預け、徒歩で洞窟を目指した。


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