第三七話 ジョスランの帰還
リアンが十一年間暮らした、オーラントの孤児院。
元々は戦神マヌダルを信仰する教会、その敷地に併設された小規模な施設だった。
しかし貴族や商人が見栄を競って寄付を行った結果、今やオーラント王国で最大規模の孤児院となっている。
長年孤児院の責任者として君臨しているイヴェットは、寄付金の一部を着服し、私腹を肥やしていた。
今も執務室で歪んだ笑みを湛えながら、金貨の確認に余念がない。
「いいねぇ、金はいくらあってもいい。バカどもがジャブジャブ貢いでくれるから、あたしの老後も安泰だよ。ぶししし」
イヴェットは満足げに笑うと、金貨が詰まった箱を閉める。今度は重い体を起こし、本棚裏にある棚へと隠した。
「それに
ほんと忌々しいガキだったよと吐き捨てて、机に戻る。すると、執務室のドアがノックされた。
扉を叩いたのはウドゲルという、気味の悪い下男だ。
「なんだい!? あたしは忙しいんだよ」
「それが、ジョスラン様がイヴェット
しかし訪ねてきた貴族を無視などできない。
「わかった。用意をするから、少し待たせてから応接室へ通しな」
「それがもう、応接室へお通ししておりやして……」
「なんだって!? 使えない愚図だね!」
下男へ理不尽な怒りをぶつけたイヴェットは、今年も小さくなってきた祭服になんとか袖を通し、急いで執務室を出た。
どすどすと重い体を走らせ、息を切らせながら何とか応接室に着くと、ノックもせずに扉を開ける。
「ジョスラン様、お待たせして申し訳ございません。事前にお知らせ下されば、こちらからお伺いしたものを──ぶひっ!」
挨拶をしながら中に入ったイヴェットが見たものは、右腕がないジョスランだった。しかも顔には包帯が巻かれ、一目でジョスランとは判別できない。
「やあシスター、久しいね。急な来訪となって、僕の方こそ申し訳ない。──ああ、これかい? 戦いは苛烈を極めてね、あたしの実力不足で右腕は失ってしまったのだよ」
「そ、そうなのですね」
来訪したジョスランの向かいに座りつつも、痛ましい姿に動揺を隠せない
「それで今日は、どういったご用向きなのでしょうか」
「ああ、実は聞きたいことがあってね。あなたから譲ってもらったリアン君についてなんだ」
(来た! 返すなんて言うんじゃないよぉ!)
リアンの名前が出たことで、イヴェットはさらに動揺を
「ええ、リアンが何か?」
「リアン君はどうやら魔術師としての適性が高いみたいでね。彼を育てて、僕の後継にしたいと考えているんだ。──ついては、彼が孤児院に来たときの話を聞かせてもらえないだろうか。可能な限り詳細に」
そう言ってジョスランは、ずしりと重い袋を
イヴェットは最悪の予想が外れたことと、目の前の金貨に心が躍り、金満顔へと変わる。
そして金貨の袋をしまいながら、語り出した。
「ええ、もちろんですわ。リアンが孤児院に来た時のことは今でも覚えております」
†
十一年前、今ほど大きくなかった孤児院に、赤子を抱いた男が訪ねてきた。
男はぼろぼろのローブを纏っており、袖口から見える手はひび割れていた。
聞けば、赤子を預かって欲しいと言う。
訝しく思ったイヴェットは追い返そうとしたが、男は大量の宝石が入った袋を差し出してきた。
十年預かってくれるのなら、宝石を全部くれると言う。
欲に目が眩んだイヴェットは「この宝石は赤子のために使わせていただきます」と返事をし、袋を掴んだ。
しかし男の手はびくともしない。男は言った。
十年後、自分が迎えにくるまで間違いなく赤子を育てること。
赤子の体が青く光った際は、すぐに人目のつかない場所へ隠すこと。
自分に会ったことは他言しないこと。
約束の証としてイヴェットに、期限十年の
金欲しさに条件をすべて飲み、
あの時の出来事をどうにも気持ち悪く思っていた彼女は、一度マヌダルの司祭に相談しようと考えたことがあった。
しかし男のことを話そうとしても、不思議と声が出なかった。
イヴェットは制約に従い、リアンが十歳になるまで孤児院で面倒を見るしかなかった。
そして十年経っても、男は現れなかった。
さらに一年が過ぎたころ、自分が
†
「これが全てですわ。ジョスラン様、いかがでしょうか?」
語り終えたイヴェットが、片腕の魔術師の反応を伺う。
「んん〜、いわくつきねええ? 面白いわぁ」
「──っ! ジョスラン様!?」
突然口調が変わった男に驚くが、次の言葉を発する機会は永遠に奪われた。
短剣で喉を切り裂かれたからだ。
「ジョスランってだあれ? あたし、知らないわぁ?」
男は顔に巻いた包帯を取る。その下に隠されていたのは厚化粧をした顔だった。
「坊やの謎はまだわからないけれど、これは楽団に共有しないといけないわねぇ」
ギネラは死体から金貨が入った袋を奪うと、執務室の窓を開け、孤児院を去った。
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