魔女、宿敵の手がかりを得る

第三六話 アルバートの頼み事

 翌日、マリアが住まう聖堂にアルバートがやって来た。


 客室に通された彼は、マリアの顔を見るなり片膝をついた。そして一輪の薔薇を差し出す。


「我が麗しのマリア様。その美貌、本日も光り輝いております。あなたの前では、美の女神プラーカでさえも霞んで見えるでしょう」


「うるせえ、キモいことすんな。さっさと座って本題に入れ」


 そんな彼を一蹴し、マリアは顎でイスへと促す。苦笑いを浮かべたアルバートは、渋々といった表情で勧められた席についた。


(かっこ、いいかも?)


 この場に同席しているリアンは、薔薇を差し出した騎士の姿に感じ入るものがあったようだ。

 昨日とは打って変わって、キラキラした眼差しをアルバートに向けた。


「では、マリア様には先日もお伝えしているのですが、改めて今回のお願いについてご説明申し上げます」


 白銀の鎧を纏ったアルバートが、部屋に集まった面々──と言っても昨日と同じメンバーだが──を見渡して、口を開く。


「さて、二十日ほど前の話になります。血の平原北部の山岳地帯において、地元の狩人が洞窟を発見したのです。狩人はその洞窟に心当たりがないということで、近くのグラスマント村にいる役人に報告したのが発端です」


 アルバートは一旦話を止めて、ジュリエットの顔を見る。


「今回はその洞窟の調査に、ご同道いただきたいと考えております」


「なぜマリア様に助力を願ったのですか?」


 ジュリエットは騎士の視線を受けて、彼がどこまで自分のことを知っているのか気になる。マリアに協力を依頼したのもそうだ。

 彼は魔女の存在を知っているのか。


「手に負えない事態が発生しましてね。先月は地震が頻発していました。その影響で土砂崩れが起き、洞窟が現れたのだろうと思われます。そんな流れですから、地元の役人は冒険者に洞窟の調査を依頼しました。──しかし調査隊は帰って来ませんでした」


 ジュリエットは無言で続きを促す。


「当時、トワセイル第一聖騎士団が血の平原で演習を行なっておりました。物資の補給で立ち寄ったグラスマント村で洞窟の話を聞き、隊を編成して向かわせたのです」


「また帰って来なかった、というわけですの?」


「いえ、騎士の一人だけが瀕死の状態で戻って来ました。洞窟の奥はかなり規模の大きい地下墳墓(カタコンベ)があったそうで、アンデッドが大量に徘徊していたとのことです。我々は聖騎士ですからアンデッドに恐れは抱きません。ですが──」


 騎士は頭の中で話をまとめるために、紅茶を一口含む。そして一度咳払いをし、絞り出すような声で話した。


「地下墳墓(カタコンベ)の最奥にて守護者(ガーディアン)らしき物に襲われたと。逃げおおせた一人の騎士を除いて隊は全滅。精強を誇る聖騎士たちが枯れ木のように吹き飛ばされ、なす術もなかったそうです」


「お話はわかりましたわ。ですが、洞窟なら入り口を塞いでしまえばよろしいんじゃなくて? ガーディアンなら外へは出て来ないでしょう?」


「そうだそうだ、めんどくせー!」


 ジュリエットの尤もな指摘に、聖女が同調する。アルバートはまたも苦笑いを浮かべながら、洞窟を無視できない理由について補足をした。


「はは、ごもっともな意見ではありますが、地下墳墓(カタコンベ)に守護者(ガーディアン)がいる、つまり何らかの遺物(レリック)が眠っている可能性があります。なければないで良いのです。ですが、国としては確認せざるを得ません」


 それにと前置きをして、アルバートはもう一つの理由を告げる。


「場所は北に隣接する、ドランジア帝国との国境付近です。小競り合いが多い土地ですので、の国の邪魔が入らないうちに決着をつけてしまいたい」


「でもどうしてマリア様ですの? 聖女とは言え、か弱い女性ですのよ?」


 ジュリエットは白々しくも、先ほどと同じ質問を重ねた。しかし名指しされた当の本人が、即座にそれを否定した。


「無駄だジュリエット。こいつはわたしが魔女だと知っている、数少ない人間の一人だ」


 そう、マリアは炎の聖女と崇められているが、その正体は『陽(ほのお)の魔女』だ。


 至高の神聖力と魔力の持ち主であり、七人いる魔女の中でも最強に近い戦闘力を誇る。少なくとも、殴り合いなら一番強い。


「──そうですか。つまり、マリア様に守護者を倒してもらいたかったわけですね?」


「ええ、恥ずかしながら。ですがマリア様からは色良い返事をいただけないままでした。それが突然、代役を立てるとおっしゃっていただけたのです」


「すまねえなジュリエット。わたしは滅多なことでは王都ここを出られない。そういう縛りだからな」


「ええ、そういう事情でしたらかまいませんわ。ですがマリア様──」


 自分のことまで知られるのは好ましくない。


「皆まで言うな。アルバートにはすでに制約ギアスをかけてある。お前の力について外様とざまの人間に話そうとしても声は出ない」


 アルバートは「えっ、いつの間に?」という顔をしている。


 マリアがかけた制約ギアスは、意識・無意識を問わず対象の情報漏洩を防ぐ。文字であろうが、身振りジェスチャーであろうが、ジュリエットの事が他へ広がる心配はない。


「なら安心ですわね」


「おいアルバート、洞窟に行く聖騎士が決まったら連れてこい。さりげなく制約ギアスをかけるから」


「承知しました」


 すでに制約をかけられた騎士はなぜか嬉しそうに、上擦うわずった声で返答した。

 この男はマリアがしてくれることなら何でも良いのだろうか。


「ではアルバート様。わたくし夜の魔女、ジュリエット・バルドーが守護者を倒してご覧にみせますわ」


「やはり、魔女だったのですね! いやー、マリアさまが代役を立てると言うから、そうじゃないかとは思ってたんです! あ、でもご安心ください。このアルバート、マリアさま一筋ですので──うごぉっ!」


 ティーカップを顔面に投げつけられ、騎士はイスごと後ろに倒れた。


「つまんねぇこと言ってんじゃねぇ!」


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