第三五話 リアンの秘密

「そんなもの、全部ですわ全部」


 先ほどの意趣返しだと言わんばかりに、無愛想な物言いのジュリエット。

 これにはマリアも苦笑いを浮かべ、しかし更なる反撃をした。


「おいおい、よっぽどこの坊主ガキが大事なんだな。ショタ好きって奴か?」


「ちょっ! 意味のわからない言い回しで揶揄からかわないでください! そんなんじゃありませんから」


 ショタという言葉は聞きなれないが、なんとなく意味を察してジュリエットは過剰なまでの反応を見せる。


「マリア様、あまりお嬢様を困らせないでいただければ……」


「ったく、つまんねぇな。まあいいや、──こいつは神の器だ」


 巫山戯ふざけた流れの中で、マリアは重要なことをさらりと言ってのけた。

 どこから話したものかと思案していた彼女は、一番大枠から始めることにしたのだ。


 ジュリエットとアデスは驚愕を顔に貼り付けたまま、次の言葉を待つ。


「いいか? 坊主ガキの中には三つの封印が施されている。その内一つは破損していて、魔力暴走の原因になってるって訳だ」


 マリアの顔が神妙なものに変わる。


「封印の向こうはアストラル界に繋がっていた」


 アストラル界とは、現世(物質界)と別の世界。いわゆる天界や冥界などを繋ぐ茫漠な空間であり、神力や魔力で満たされている。


 これは魔女や、超常的な存在の間では周知の事実である。


 また、神代戦争を知らない現代の人族たちには知られていない話でもある。

 神が死んだ際に流れ着く場所と言う学者もいるが、詳しいことはわかっていない。

 生きたままアストラル界に入り、戻ってきた人間の伝説もあるが、真偽を確かめた者は居ない。



 マリアは続ける。二人は固唾を飲んで、一字一句聞き逃すまいと彼女の話に集中した。


「つまり坊主ガキの魔力はそっから来ている。こいつ自身の魔力もあるにはあるが、混ざり合っていて判別はできねぇな。


 で、器の話に戻るわけだが。こいつが二十歳ほどになったら、おそらくアストラル界からの魔力に耐えられるほど頑丈に育つだろうな。わたしにはそう見えた。


 その時には魔力の濁流に乗っかって、神の魂も流れてくるだろう。そうなったら坊主ガキの魂は吹っ飛んで消滅、晴れて神の顕現となるわけだ。


 勘違いすんなよ、適当に言ってるんじゃねぇからな? わたしは壊れた封印の前で、間違いなく神の意思を感じたんだ。あれは規律神──今は冥神となってるオーカスで間違いない。


 封印についてはそうだな。恐らくだが、もともと十年程度しか保たねえもんだったんだろ。他の二つについても、いつ壊れるかはわからねえ程度に弱まっている。


 封印を施したやつは、そろそろ新たな封印を施すつもりだったわけだ。十年後、ガキの身に神を降ろすためにな」


 ガキの出自は知らねぇのか? と付け加えて、マリアは話を終えた。


 とんでもない話だ。現世に神を降ろすなど、碌なことにならないだろう。オーカスが実際にどんな神格じんかくだったかは知らない。

 しかし神代戦争においては、大陸のほぼ全てを支配下に置いていたオルフェリア王国が滅んでいる。


 いや、それよりも。


「わたくしのリアンが、消えてしまう──?」


 言葉の前半を無自覚に口走り、それに気づかずジュリエットは力無く立ち上がる。

 テーブルの上に寝かされるリアンの元へ歩み、その頬を撫でた。ぽたりぽたりと、雫が落ちる。


「マリア様……」


 彼女の震える声を聞いて、マリアは胸を張って答えた。


「心配すんな、わたしに任せとけ。おまえの涙を見るのは嫌いだからな」


 聖女はジュリエットのことを妹のように想っている。妹の憂いを払うためなら、できることをするつもりだ。


「して、どのような対処をされるのですかな」


 冥神という言葉を聞いて、主人とは違った衝撃ショックを受けていたアデスが、なんとか気を取り直して具体的な方策を質問した。


「簡単なことさ。今ある封印よりもつええので書き換えりゃいいんだ。ついでに坊主ガキの隠蔽もつけてやる。ま、時間はかかるがな」


 アデスの質問に対して、何でもないことのように聖女は答える。だが、無償という訳にはいかなかった。


「ジュリエット、坊主ガキの封印施術には一週間かかる。それが終わる頃にはおまえの魔力オドも戻ってるだろ? 悪いが、一つ頼まれてほしい」


「ええ、問題ありませんわ」


 ジュリエットは面倒ごとの匂いを嗅ぎつけるが、リアンの事を抜きにしてもマリアの頼みを無碍にするつもりはなかった。


「詳しいことはさっき居たアルバートに説明させるが、国からの依頼だ」


「珍しいですわね、マリア様が国からの依頼を受けようなどと……」


 炎の聖女マリア。高い神聖力を持って数々の奇跡を起こしてきた彼女は、実はトワセイル教に所属しているわけではない。

 教団が勝手に聖女の威光を利用することはあっても、彼女が国や教団に協力することは無いに等しい。


 余程の事情があるのかと推察したジュリエットが、珍しいと表現するのも無理はないことだ。


「いや、さっきのアルバートなんだが、何回蹴り飛ばしても来やがるんだ。いい加減、可哀想になっちまって」


 余程の事情ではなさそうだ。たが、アルバートが去り際に言っていた「また明日」という言葉には合点がいった。


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