第三四話 リアンの中に入ります

 気を失った少年リアンをマリアが抱きかかえ、テーブルの上に寝かせる。


「話はロゼッタから聞いてる。とりあえずどんな状況か、ちゃちゃっと診てみようか」


「その前に服! 服を着てくださいまし!」


 リアンが起きて、また聖女の半裸を見せられては堪らない。ジュリエットは慌てて捲し立てた。


「うっさいなぁ。アデス、ちょっと服を持ってくるように言ってきてくれ」


「かしこまりましたマリア様」


 アデスはうやうやしく頭を下げ、そそくさと出て行った。居心地が悪かったのだろう。


 程なくして女性司祭プリエステスがアデスとともに客室に訪れ、白いローブを持ってきた。

「なんだこれダッサイなぁ」と文句を垂れながらマリアは着替える。


 すると、先ほどと比べて全く露出のない格好となった。楚々そそとした佇まいは、確かに聖女然としている。──黙っていればだが。


「んじゃ、始めるか。右手の中指に穴を開けられたんだな?」


 マリアが言っているのは、貴族魔術師ジョスランが使った指輪のことだ。


「ええ、そうですわ」


 マリアが横たわる少年の中指に触れる。一瞬にして稲妻状の紋様が広がった。


「うわっ! ビビったぁ〜」


 蒼く発光した少年の体に、少し驚く。しかしリアンに苦悶の表情はなく、穏やかに寝息を立てていた。


 マリアの意識は、少年リアンの体内に巡る魔力オドに注がれている。


「魔力経路がズタズタだな。おまえはこれを修復しながら、坊主ガキを連れてきたのか。──確かに骨が折れたろう」


「なんてことありませんわ」


 軽く賞賛の混ざった聖女の言葉に、ジュリエットは余裕の態度で返答した。


「うそつけ、──ちょっと本気出すわ。ジュリエット、念のため結界を張っとけ」


「何を遮断しますの?」


「んなもん、全部だ全部」


 内容のほとんどが抜け落ちた指示に、「もう!」と悪態をつくジュリエット。彼女が手を振ると、部屋の中が夜空に変わった。


 マリアは自分の精神体と呼べるものを切り離し、少年の体内へと潜る。


 深く、深く。


 やがて到着したのは、長い通路だ。


 内部は深い青の水で満たされていて、ひたすらまっすぐに伸びている。

 通路の壁面はところどころ崩れており、剥がれた部分には完全な虚無が広がっていた。


(これが坊主ガキの魔力経路。──ジュリエットはこれを補修してたのか。くくく、まるで石工職人じゃねえか、似合わねぇな)


 笑いながらマリアは、注意深く辺りを見渡す。


 通路を満たす水は、少しずつ虚無へと流れ出ているようだ。そして、奥に行くほど崩壊が酷くなっている。


(ま、行けるところまで行ってみるしかねぇな)


 水の中を歩くという、理解し難い状況を気にもせず、マリアは奥へと進んだ。



 どれくらい歩いただろうか。

 時に激しく押し寄せる水流をものともせず、ほとんど壁が崩れた通路の先で一つの扉を見つけた。


 とてつもなく巨大な石扉には、弱々しく光る文字がびっしりと刻まれている。


(これは神代文字タムトグリフ、──封印か?)


 マリアは目を閉じ、扉に向かって手をかざす。彼女は慎重に情報を読み取りながら、もう十分とばかりに目を開けた。


(間違いない、封印だ。──っと、まだ奥があるな。壁はほとんど残っちゃいないが、まぁ余裕だろ)


 そう言って、また歩き始める。しばらくして同じ扉を発見し、さらに奥へと進んだ。


 通路が途絶えた場所には、最後の石扉があった。

 先の二枚と違って、扉には亀裂が斜めに走っている。その奥からはかすかな水の流れが感じられた。


(なるほど、これが水源ね)


 湧きでる魔力を掴もうと、マリアは手を伸ばす。すると様々な情景が流れ込んできた。


 二人の男神の口論。

 分たれた光と闇の陣営。

 入り乱れて戦う天使と悪魔。

 古竜に討たれ、死んでいく神々。

 そして崩れ落ちるオルフェリア王国。


(おお、これは神代戦争じゃねぇか)


 それは以前、リアンが夢で見た光景に似ていた。


(おまえ、まだ諦めてねぇんだな)


 どこか懐かしい気持ちに浸りながら、マリアはしばらく情景を眺めていた。







 結局、マリアによる触診は半刻ほど続けられた。


 時折「おお、なるほど、これは」などと呟く聖女の声を聞いて、そわそわしっぱなしのジュリエットは我慢の限界だった。

 ようやくリアンから手を離したマリアが、イスにどかりと座る。


「ふー、疲れたぁ。アデス、飲み物。お前の分も持ってこいよ」


 顔を手で仰ぎながら、アデスを顎でつかう。大股開きでぐでっとした格好には、神聖さのカケラも感じない。


「かしこまりました、マリアさま」


「ちょっとアデスさん! あなたは誰の執事ですの!」


 しびれを切らしていたジュリエットに八つ当たりされ、老執事は逃げるように客室を去った。


「ジュリエット、もう結界を解いてもいいぞ」


「それよりも早く教えてくださいませんか!」


「待て、アデスも聞いておいた方がいい。ってか、喉がカラカラなんだよ! なんか飲ませろ!」


 見れば聖女の顔は、汗でびしょりと濡れている。ジュリエットは仕方ないとばかりに結界を解き、執事が戻るのを待った。


 やがて戻ってきたアデスがそれぞれに果実水を配り、マリアはやっと一息つくことができた。


 そして、本題に入る。


「さて、何が聞きたい?」


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