第三三話 炎の聖女マリア

 アルバートの用意した街馬車が、皆を乗せて貴族街を走る。

 大門から南へ伸びる道をまっすぐ六区画ほど進んだところで、アルバートがリアンに話しかけた。


「リアン君と言ったね。シンダリルにはしばらく居るんだろう? この先を右に曲がると王宮があるんだ。で、左手には三柱の神を祀る大神殿があってね。他にもいろいろあるから、晴れた日に観光に行くといいよ」


「あ、はい……」


「あ、あれぇ。気のない返事だねえ、ははは」


 気さくに話しかけた騎士に対して、リアンの反応は素っ気ない。相手は疑いようのない貴族だ。

 アルバートを見ていると、どうしてもジョスランのことを思い出してしまう。


 ジュリエットも察したのだろう。少年の肩に手を回して優しく自分へ引き寄せる。


「アルバートさま、リアンは貴族の男性からひどい目に合わされたばかりですの。悪気はありませんわ」


「ひどい目、──ですか? それはなんとも……」


 リアンは少女と言ってもおかしくない可憐な容姿だ。そういう趣味の貴族も多い。

 色子とされ、ものすごく怖い思いをしたのだろうと、アルバートは少年を気遣った。


「リアン君、馬車は揺れる」


「え、そうですね?」


「お尻が痛かったら言ってね?」


「大丈夫です……」


 ──強い少年だ。


 アルバートはそう思った。


 馬車が止まり、御者が客車コーチのドアを開けた。


「さあジュリア嬢、到着です。マリアさまがお待ちですよ」


 馬車を降りた一行の前には、華美かびとは正反対の質実剛健な様式の聖堂があった。


 地方の修道院と言ってもおかしくはない。聖王都シンダリルの中にあっては、異様とも言えるほどの質素さだった。


 聖堂に入ると、応対した女性司祭プリエステスに事情を話し、客室に通された。


「ねえジュリア、マリア様ってどんな人なの? 聖女様なんでしょ?」


「会えばわかるわ」


 手持ち無沙汰になったリアンがジュリエットに聞くものの、教えてくれない。アデスもひきつった笑顔を返すのみだ。


 仕方なく入り口近くに立つアルバートを見ると、何も聞いていないのに勝手に話し出す。


「マリアさまはね、とても美しく、素晴らしい人だよ。マリアさま。あなたはどうしてマリアさまなのか……」


 その言葉を聞いたジュリエットとアデスが、信じられないという顔をした。


「ああっ、僕の女神さま──」


 突如、客室のドアが蹴り開けられ、アルバートが吹き飛ぶ。


「おぶぅ!」


「気持ちわりぃこと言ってんじゃねえ!」


 尻に強烈な打撃を喰らって壁に激突したアルバートは、「何のこれしき、リアン君だって耐えたんだ──!」と呻きながら、よろよろと立ち上がった。


 スラリと長い脚を高々と上げたまま、騎士を蹴り飛ばした女傑が言い放つ。


「アルバート、ご苦労だったな。そろそろ門限だろ? 帰っていいぞ」


「ええ〜そんなぁ! って、僕をいくつだと思ってるんですか! せめて一緒にお茶だけでも──」


 言いかけたアルバートの胸ぐらをつかみ、廊下へと放り投げる。


「茶を飲む時間でもねえだろ! さっさと帰れ!」


「わ、わかりましたよ! 帰りますよ! ジュリア嬢、また明日!」


 最後に気になる言葉を残して、白銀の騎士が泣きながら走って出て行った。その声が十分に遠ざかったのを確認して、女傑は口を開いた。


「よおジュリエット、あと三日はかかると思ってたが、意外と早かったな?」


 言いながらもジュリエットの返答を待たず、女傑はリアンへと顔を向ける。


「おまえがロゼッタの言ってた坊主ガキか。わたしはマリア。炎の聖女さ!」


 マリアは親指をビッと自分の顔へ向けて、決まった、という顔を見せた。

 しかしリアンは反応を返せない。


「どうした? 何を呆けてやがる──」


 マリアはとても美しい女性だ。ジュリエットよりも鮮やかな、黄色に近い金髪。切れ長で、意志の強さを窺わせる目。


 だが、それより何より、格好だ。肌けた白のナイトガウンと、その向こうに透けて見える黒い下着しか身につけていない。

 しかもしかも、胸に備えた二つの戦略兵器が規格外のサイズだ。


 強烈な女の色香に、十一歳のリアンは絡め取られてしまった。

 その反応にピンときた聖女が、追い打ちをかける。


「何だ何だ? おまえガキのくせに」


 マリアは長い足を交差させながら少年に近づく。なまめかしく揺れる腰はまるで、催眠術に使われる振り子のようだ。


「わ、わわ!」


 リアンはイスに座ったまま後退し、壁際に追い詰められてしまった。


「わたしのスーパーダイナマイトグラマラスボディが気になるのか?」


 挑発的な表情で少年を見下ろしたマリアは、上腕で胸の双丘を挟みながら、彼の目線まで腰を落とす。


「は、はしたない!」


 吸い込まれそうな谷間は汗で光り、つやめいている。リアンは目を覆うが、指の隙間から見える光景に視線が固定されている。

 ばくばくと鳴る鼓動がひどくうるさい。


「隠してください!」


 これでもかと色気を振りまく聖女。彼女は自分の潤んだ唇に指を当てると、少しなぞってからリアンの唇に移した。


 そしてゆっくりとなぞり、耳元で囁く。


「触ってみるか? んん?」


「きゅうぅ〜」


 リアンは顔を茹だらせ、目をぐるぐると回し、気を失ってしまった。


「よし──」


「よし、じゃありませんわ! あなた子ども相手に何をやっていますの!」


 ジュリエットは吠えた。


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