第三一話 エレヴァリア聖王国
リアンは邪竜クリールにたくさんの質問をした。
いつも何を食べてるんですか。
ずっと魔境に住んでるんですか。
なんで邪竜なんですか、悪いことしたんですか。
本当に、女の人に変身できないんですか。
長生きなのに語尾が「のじゃ」じゃないのはどうしてですか。
他にも大きなドラゴンはいるんですか。
どうしたらそんなに大きくなれますか。
どうすれば強くなれますか。
僕も友達になれますか。
この数日で怖いものをたくさん見てきた。その中で、いま自分を乗せている竜が一番怖くて大きい。
なのに邪竜はとても気さくだった。子どもらしい質問に面倒がらず付き合ってくれた。
リアンは彼とのおしゃべりが楽しくて仕方なかった。
だから、空の旅はあっという間に終わってしまった。
朧げだった山の稜線が、今ではハッキリと見える。
邪竜は霜の山の麓へ向けて降下していった。
一行が降り立ったのは、茫漠とした雪の荒野だった。そして、寂しげに佇む石積みの門。向こうには、雄大な霜の尾根が控えていた。
突風が吹けば簡単に崩れそうなほど不安定に積まれた門は、しかし五百年以上その機能を損なわず存在し続けている。
「クリールさま、今回は本当に助かりましたわ」
ジュリエットが魔力を注ぎ、門が起動する。向こうに透けて見えていた景色が、黄金色の亜空間に変わった。
『なに、困ったときはお互い様さ! マリアに会ったらよろしく言っといてよ!』
「ええ、承りました」
「お主、どうせなら山の向こうまで飛んでくれても構わんのだぞ」
『いやいや、意地悪だなぁ。僕が魔境から出られない理由は知ってるくせに。さあ、早く行かないと夜になっちゃうよ』
「ふん」
ジュリエットとアデスがそれぞれ挨拶を交わす中、リアンは名残惜しそうに仰ぎ見る。
少年の視線に気づいた邪竜が、気遣わしげに声をかけた。
『少年、
「加護──?」
『ああ。どんな加護かはその時のお楽しみさ!』
物騒な提案をする邪竜に、唾を飛ばしながらアデスが抗議する。
「魔境を自由にだと! お主、坊っちゃまに人間をやめさせる気か!」
『はは、じゃあ僕もそろそろ行くよ』
お小言を浴びせられては堪らないとばかりに、邪竜は四枚の翼を広げてゆっくりと浮く。十分な高さまで上昇すると、飛膜から魔力を噴出させて飛び去った。
「さあ、リアン」
ジュリエットに手を引かれ、リアンは門をくぐった。
†
門の向こうに出るのは一瞬だった。三人と一匹は、ドアを開けて部屋に入るくらいの気軽さで山を超えた。出た先は、先ほどと同じ雪の荒野だ。
アデスが何かを思い出し、主人に声をかける。
「そういえばお嬢様、霜の山の
「あっ、──困りましたわね。愛想なしだと思われていなければ良いのですけれど……」
「う、にゃぁ」
執事の一言に、しまったという反応を示すジュリエット。
「ティーリス様って?」
知らない人の名前が出たことで、リアンが問いかけた。何やら思案しているジュリエットに変わって、アデスが説明する。
「ティーリス様は、これから会いに行くマリア様と同じく、お嬢様のご友人なのですよ。普段は霜の山に住んでおられてですな──」
邪竜クリールの登場によって、本来予定していなかった霜の山の転送門を使ったジュリエットたち。
近くまで寄ったのに挨拶へ行かなかったことでティーリスが
「ちなみにティーリスさまはネロをとても可愛がられるので、ネロはいつも逃げ回っておるのです」
「うにゃぁ〜」
「まあ、悩んでも仕方がありませんわ。シンダリルへ急ぎましょう」
目的地であるエレヴァリアの都シンダリルまでは
リアンの体調もいつ崩れるか分からない。夜の、それも日付けが変わらないうちにマリアの元へ辿り着きたかった。
ジュリエットが黒馬車を喚び出す。
もう日は暮れている。夜の闇に紛れて走れば、目立つこともないだろう。
初めに見えたのは、巡礼者の町メイヤド。
天上神アルガスに一番近い場所とされる「神の山脈」を登る巡礼者たちが、旅の最後に訪れる町だ。ちなみに最高峰である霜の山は、過酷すぎて登れる人間がいない。
メイヤドを過ぎる頃には標高が低くなり、大地には植物が目立ち始める。
やがて「血の平原」と呼ばれる広大な原野に入った。幾度となく大きな合戦が開かれた場所であり、「
次に見えてくるのが城砦ファダーカである。平原の南端に位置し、守りの要である。ここを抜かれると王都まで敵の侵入を許してしまう。という、重要な拠点だ。
さらに幾つかの町や荘園を過ぎ、王都シンダリルが見えてきた。
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