第二九話 決着

 突貫し、超重量級の頭突きをぶちかます。ゴーレムが両腕で頭を受け止めてくるが、体二つ分の距離を押し切った。


 巨人兵の腕に亀裂が走る。

 すかさず昇拳アッパーを繰り出し、相手の両肘を砕いた。

 体勢を崩して前のめりになる巨人兵ゴーレムコアへ、さらに膝を叩き込む。


 もろに食らったゴーレムの体が浮き、凄まじい勢いで仰向けに転倒した。


『おおおおお!!』


 蒸気を吐き出しながら悪魔はたけり、腕に豪炎を纏う。


 そのまま馬乗りになり、コアを破壊せんと拳の雨を降らせた。一発ごとに爆発し、ひたすら胴体を削っていく。


 圧倒的な火炎爆撃から逃れるため、ゴーレムが紫光しこうを発した。

 のけり、引き剥がされる悪魔アデス


 ゴーレムが悪魔の腹を蹴り、勢いを利用して仰向けのまま後ずさった。


『逃がさん!』


 コアを踏み潰すため、アデスが飛びあがろうとした。


 ──しかし二十本の鎖が伸び切り、跳躍を阻害する。


 悪魔アデスが忌々しげに吐き捨てた。


『未だ、この束縛から逃れられんとは!』


 自分を引き戻そうとする地獄との綱引きを一旦放棄し、物理での破壊を諦める。


『ネロ! お嬢様と坊っちゃまを頼んだぞ!』


 はるか後方にいる黒猫へそう命じ、念のため背後に魔力障壁を張る。

 そして腹の前で両掌りょうてを開いた。


 その中に極小の種火が生まれる。


 二つの手を離していくにつれ、種火は大きく、熱くなり、大火球となった。


滅火エクスティンクション!』


 悪魔と同じ直径をもつ獄炎が発射された。


 焦熱が周囲を一瞬にして溶解・気化させ、ゴーレムを飲み込み、かき消す。

 そのまま轟音とともに出口へ突き抜けていった。


 獄炎が過ぎ去った後、残されたのはマグマ溜まりと化した光景だった。

 アデスが坑道内の熱気を、翼の羽ばたきによって吹き飛ばす。


 視界を確保した悪魔が見たものは、はるか出口の向こうで光るコアだった。

 先ほど見せた紫光しこうによって相殺し、完全なる消滅を免れたのだろう。


『生意気な!』


 地獄の鎖を強引に引きずり、悪魔アデスは出口へ走り出すが──


「アデスさん! それ以上はなりません!」


 追いついてきたジュリエットに止められてしまう。彼女の手には、リアンが抱かれている。


『お嬢様、しかし!』


「その姿で外に出てはなりません!」


 主人の言葉を受け、我に帰るアデス。彼女の瞳は、ただただ自分を案じていた。


『申し訳ございません』


 ひざまずき、謝罪し、大量の蒸気を吐き出しながら人の姿へと戻る。


「急ぎ確認して参ります。お嬢様は少し遅れてお越しください」


「わかりました。お気をつけて」


 常の平静さを取り戻した老執事に安堵し、ジュリエットはその背中を見送った。



 大坑道を出たアデスが見たのは、沈みかけている太陽だったと、巨人兵ゴーレムの残骸だった。


 彼が放った獄炎によって、巨人兵は体の大部分を失っている。四肢はなく、核を中心としたわずかな胴体部分を残すのみだ。


 そのコアは弱々しく紫の明滅を繰り返している。


(恐らくこの体では核を破壊できん。次に立ち上がった場合、もう一度坑道内に戻る必要が……)


 不意に、空が暗くなる。


 ──夜になるのはまだ早い。


「なんだ!?」


 頭上を見上げるアデス。

 夜と思われたものの正体は、四枚の翼を広げて低空を飛ぶ巨大な黒竜の影だった。

 それが太陽を一瞬の間、隠した。


 影は一度通り過ぎてゆっくりと旋回し、彼の前に向かってくる。

 その大きさは、城と比較してやっと釣り合いが取れるほどだ。


「アデスさん、──助かりましたわね」


 遅れてやってきたジュリエットが空を見上げ、執事に声をかける。


「誠に、その通りでございますな」


 彼はため息とともに、溜まった疲れを吐き出した。


 黒い竜が突風を起こさないように、翼をはためかせながら、地に降り立つ。

 そして、非常に明るい声で話しかけてきた。


『やあ、夜の美姫ジュリエット。三ヶ月ぶりだね。そして、──我が友にして異界の悪魔、アスモデウス! 二人とも、会えて嬉しいよ!』


「クリールさま、お久しぶりですわ。ご機嫌麗しゅう」


「ああ。お主に会えて、これほど嬉しく思ったのは初めてだ」


 常の口調を崩さず挨拶を交わすジュリエット。主人と比較してアデスの態度は不遜であるが、黒竜は何ら気にした様子もなく相槌を打つ。


『はは、それは何よりだね』


 クリールと呼ばれた黒竜は、規律神オーカスの側について神代戦争を戦った古竜エンシェントドラゴンである。

 歴代の夜の魔女と親交が深く、無論ジュリエットも例外ではなかった。


 黒竜がアデスを、ジュリエットを、そして彼女に抱かれる少年を見て、少しの驚きを漏らした。


『なんだい二人とも、ボロボロじゃないか。まさか、こんなガラクタが君たちを苦戦させたと言うのかい? 信じられないな』


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