第二八話 戦況は流転する

 防ぎきれず、彼女は大坑道の壁に吹っ飛ばされる。激突し、頭から血を流して倒れてしまった。


 巨人兵ゴーレムは邪魔な羽虫を排除しようと、天井から剥落した巨大な岩石を持ち上げた。


「お嬢様!」


 あれが投げつけられれば、ジュリエットの命はない。それ程に今の彼女は弱体化している。しかし、出口に向かって走り出していたアデスでは、間に合わない。


 巨岩をつかんだゴーレムの両手が、頭上を超えて掲げられた。

 アデスに抱えられたリアンが手を伸ばし、必死にもがく。


「ジュリエット!」


(やめろ、やめてくれ! そのひとは!)


 ゴーレムの両腕から、巨岩が豪速で投擲された。


(そのひとは、──俺の!)


「ああああああ!!!」


「なっ!?」


 アデスのかいなの中で青い稲妻が迸って、消えた。

 それは愛しい女性を救わんと、絶望的な距離を超速で飛び越える。


 ジュリエットが巨岩に潰される寸前、稲妻が彼女をさらった。


「うああっ──!」


 稲妻リアンは止まりきれず、彼女を庇いながら壁に激突してしまう。


 朦朧としつつも、何が起こったのかを正確に理解したジュリエットが強引に意識を覚醒させた。


「リアン! リアン!」


「よかった、ジュリエット。無事で──」


 一瞬で莫大な魔力オドを消費したからか、リアンは魔力の暴走を起こす事なく、その場で気を失う。

 小さな小さな体で、リアンは彼女を守ったのだ。


「リアン──、お願い、目を開けて……」


 ジュリエットは目にいっぱいの涙をためて、少年に呼びかける。彼女は明らかに動転していた。



 稲妻の魔力を検知した巨人兵ゴーレムが、幾重にも重なった金属的な声を発した。


『オ救いセネば、オ救イせねバ』


 これには博識なアデスも驚きを隠せない。


「なんと、魔法生物が自我を持つというのか……」


 すでにアデスと黒猫ネロは戦線に復帰しようとしている。二人が側に居ない以上、先ほどの命令は破棄されたも同然だ。


『ソコに囚ワレたる、ワレラが神ヲ、お救いせネバ』


 その声に明確な殺意を乗せて、ゴーレムが四度目の咆哮を上げた。


『お救イセネば!』


 瓦礫を蹴り飛ばしながら、リアン目掛けて突撃をかける。

 立ち上がれないジュリエットは覚悟を決め、少年リアンを強く抱きしめた。


 城壁の如き剛腕が、全てを掻き払うように迫る。


「ぬうぅうああ!」


 すんでのところで間に合ったアデスが、闘気に満ちた激烈な一打を繰り出す。殴り返された岩石の掌底が、坑道の壁にめり込んだ。


 ゴーレムはいちじるしくバランスを崩し、壁に突き刺さった腕を軸にして倒れ込む。

 すかさず二人を抱え込んだアデスが、二十メトリ約二十メートルの距離まで飛び退いた。


「アデスさん……」


 しかし彼の右腕はあらぬ方向に曲がってしまい、次撃を打つことはもうできない。


「お嬢様! このままでは坑道を抜けること、叶いませぬ!」


 使い物にならない右腕になんら構うことなく、執事が叫ぶ。そして許可を願う。


「力の行使をお許しください!」


「アデスさん、それは!」


 その願いは、自分の執事として生きてきたアデスの苦労が、水の泡となる可能性を孕んでいる。

 今やジュリエットとロゼッタだけが知る秘密だった。


「ここでお嬢様を死なせてしまっては、先にかれたお館様やかたさまに面目がたちませぬ」


 ジュリエットは逡巡する。ゴーレムは今にも復帰するだろう。このままでは、気を失ったリアンを守りきれない。


「なに、ご心配には及びません。ここは大坑道ダンジョン、天上の目も誤魔化せましょう。──それに本来の我々ならば、こんな玩具おもちゃに遅れをとることなどあり得ないのです」


 ここで死んでなんとする。

 そうアデスが告げると、ジュリエットも腹を括った。


「わかりましたアデスさん。あとはお任せします」


「御意に」


 腕を引き抜くことに手間取っていた巨人兵ゴーレムが、漸く立ち上がる。紫電の核を明滅させ、殺意を新たに言い放った。


『そこニトラわれタル、われラが神ヲ──』


「やかましい!!」


 怒号を飛ばし、老執事アデスはゴーレムに向けて歩を進めた。

 その目は赤く燃え上がっている。


 彼我の距離、十メトリ。


 彼は左腕さわんを前に出し、巨人兵を指差した。


「よくもお嬢様に傷をつけてくれたな! ガラクタめが、塵ひとつ残さんぞ!」


 そのまま拳を握り、瓦礫の地面を殴りつける。


 足元に真紅の魔法陣が展開し、炎が噴き上がった。アデスの憤怒に応え、地獄の炎が彼を包み込む。


 黒猫ネロは戦いの余波から主人と少年を守るため、体を闇の盾へと変じた。


『ごオォあアアア!』


 炎の嵐を消し飛ばさんと、ゴーレムの核が急速にその輝度きどを上げる。紫の光は無色に変わりながら爆縮し──


 直後、激光レーザーが放たれた。


 同時に炎から、鎖の巻き付いた巨大な手が撃ち出される。

 それは破壊の光レーザーを真正面から受け止め、そのまま核へ向かって掌打を叩き込んだ。


 剛腕とコアが激突し、巨人兵ゴーレムだけが大きく吹き飛ぶ。

 雄牛トロォウに撥ねられた子供のように、二度三度と瓦礫の上を転がった。


 ──地獄の炎から現れたるは、鎖に縛られた強大な悪魔。


 頭部には四本の逆巻く角があり、背中からは蝙蝠の羽が生えている。

 紺青色こんじょういろの巨体はひび割れ、ところどころ炎を噴出していた。


 瞳のない金色のまなこが巨人兵を睨みつける。敵は今まさに立ち上がらんとしていた。

 合計二十本もの縛鎖ばくさをひきずりながら、悪魔アデスが追撃をかける。



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