第二七話 大ピンチ

 自分たちを背に庇って戦う夜の魔女。その一挙手一投足を見逃すまいと、リアンは目に焼き付けている。


 しかし、他にどうしても気になる事がある。


 巨人兵ゴーレムの胸に埋まる紫電のコアだ。あれが自分を見ている気がしてならない。


 あの紫の光を見ると、一瞬気を失いそうになる。


「坊っちゃま、大丈夫ですか。ささ、もう少し退がりましょう。戦いの余波に巻き込まれてしまいますぞ」


 老執事アデスに声をかけられ我に帰ったリアンは、促されるまま後方へと移動した。

 肩に乗った黒猫ネロが心配そうに頬を擦り寄せてくる。


「ありがとうネロ。──アデスさん、ジュリエットはあの大きな敵に勝てるんでしょうか」


「ほほ、坊っちゃまのご心配は理解できますぞ。しかしながらご安心ください。何があろうと、全員無事にここから出られますゆえ」


 戦いの行く末を案じる少年に対して、アデスは直接的な返答を避けた。


(やはり今のお嬢様では荷が重い。坊っちゃまの魔力暴走を抑えるために一体どれほどの魔力オドを使われてしまったのか……)


 リアンとアデスが見守る中、戦況に変化が訪れる。黒いウォーハンマーを振るっていたジュリエットが膝をついたのだ。


「ジュリエット!」


 悲痛に叫ぶリアン。


 その声に反応したのか、はたまた声に魔力オドが乗っていたのか。

 ジュリエットへ拳を振り上げていたゴーレムが、突如リアンの方に体を向けた。


 両腕を広げ、後方に下がったリアンを捕獲しようと狂ったように突進してくる。


 ジュリエットはまだ動けない。


「いかん!」


 人の背丈をゆうに超える巨大な掌が、左右から襲い来る。アデスは少年リアンを後ろに突き飛ばし、絶望的な圧壊プレスにその身を晒した。


「ぬううぅぅん!」


 激突の爆音とともに砂塵が舞う。


 なんとアデスは、両腕でゴーレムの圧撃あつげきを防ぎ切った。


 しかし老体を押し潰さんと、ゴーレムはその万力をさらに強める。

 巨人と老人の危うい力比べが始まった。


「これは、魔境の最奥さいおうに居ても、おかしくない、強さレベルですな! ──お嬢様! ご無事ですか!」


 自分に付き従う執事の声を受け、黒い戦鎚ウォーハンマーの柄を支えにしながらジュリエットが立ち上がる。


「──大丈夫ですわ! リアンは!?」

 

「僕は大丈夫だよジュリエット!」


 少年の無事を確認したジュリエットが、背中を向けているゴーレムへ右手を突き出す。


「アデスさん、おぼろを撃ちます! うまくけてくださいませ!」


 攻性魔法の解禁を宣言した魔女は、執事の返答を待たずに黒い力の塊を放った。

 周囲の全てを削りとる極黒ごくこくの真球が、ゴーレムを消滅せしめんと肉薄する。


「ぬううう、ああああ!」


 アデスは全身の筋肉に限界まで闘気を送り込み、一気に真上へ飛び上がった。

 直後、執事を潰さんとしていたゴーレムの手が激しい勢いで合掌がっしょうし、砕け飛ぶ。


 バランスを崩した巨人の背に、ジュリエットのまほうが衝突した。


 力比べから脱出したアデスが素早く少年リアンを抱え、その場から大きく離れる。


 黒い電離気体プラズマを発生させながら、ジュリエットの魔法がゴーレムの背中を削っていく。

 貫通し、胸にある核を破壊すれば勝ちだ。


 アデスもリアンも、あの魔法なら確実に勝負が決まると思っていた。


 だが──


 巨人兵ゴーレム三度みたび咆哮を上げた。核が一層強く発光し、全身が紫色に輝き出す。


 それは見る見るうちに膨張し、限界に達したところで解き放たれた。

 瓦礫の山が、空気が、荒々しく震え、紫光しこうの爆流が押し寄せる。


 あまりの眩しさに腕で目を覆うアデスは、──限られた視界の中で信じられないものを見た。


「なあっ!?」


 ゴーレムの胴体を半ばまで削り取っていたおぼろが、紫光しこうに吹き飛ばされて霧散する。核がさらに周囲の瓦礫を吸い上げる。



 光が収まった時、ゴーレムは失った体積を取り戻していた。


 リアンはその光景から、──いや、核が放つ輝きから目を離せないでいた。


(あの光は、──僕を見てる? 違う、何かを伝えようとしているの? わからないよ)


 少年の右手に稲妻状の紋様が、うっすらと浮かぶ。コアが放つ光を見るほど、紋様は強く、はっきりと全身に広がっていった。


「うっ……」


 気が遠くなり、倒れそうになるところをアデスが支える。


(まずい、坊っちゃまの体に紋様が。──こんな時に!)


 それは先日、リアンが魔力暴走を引き起こした際に発現していたものだ。また同じことが起きれば、状況は混沌と化す。


「アデスさん! 私が巨人兵ゴーレムの気を引きます! その隙にリアンを連れて出口まで走ってください!」


 リアンの異変を察知したジュリエットが叫ぶ。だがその命令は、アデスにとって到底聞き入れられる内容ではなかった。


「しかし──!」


「お願い! 出口はもう見えているわ!」


 押し問答をしている時間はない。やむをえず少年を抱え、出口に向けてアデスは走り出す。


 ジュリエットは再び魔法を撃とうと、今度は両手をゴーレムに向かって突き出す。

 大気の魔素マナを集め、体内の魔力オドを練り上げ──しかし、魔法が発動しない。


魔力オドが──!」


 枯渇している。


 脇を走り抜けた老人と少年(と黒猫)を追って旋回したゴーレムの腕が、ジュリエットに直撃した。


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