第二六話 ダンジョンにはボスがいる

 瓦礫の山を見上げるリアン。その高さは黒馬の二倍以上だというのに、大坑道の半分にも満たない。

 大坑道の巨大さ、古代に生きたドヴェルグの凄さに改めて驚きながらも、黒馬車シャールの守りがない現状に心細さを感じていた。


「リアン、わたくしと一緒に跳びましょう」


 ジュリエットが少年リアンの側へ寄り、彼の額の前で指を回した。途端に軽くなるリアンの体。まるで地面に足がついていないような錯覚を受ける。


「さ、手をつないで?」


 差し出された貴婦人ジュリエットの手を取ると、彼女はそのままリアンを連れて高く跳躍した。

 一気に瓦礫の頂上に登ったリアンが見たものは、延々と続く崩落の跡だ。


 アデスと黒猫ネロも瓦礫の上へとやってくる。アデスは少年と同じ景色を見ながら、主人ジュリエットに疑問をぶつけた。


「おかしいですな、お嬢様。前回ここを通ったのは三ヶ月前。その時には崩落などしておりませんでしたが」


「そうなの??」


 ジュリエットが答える前にリアンが思わず割って入ってしまう。


「ええ、確かにそうよ。でも考えている暇はなさそうね。グズグズしていると、先ほどの魔物達に追いつかれてしまうわ」


 ジュリエットは少年の手を引いて駆け出した。


「体が軽い! ジュリエットの魔法はすごいね!」


「ふふ」


 無論、ジュリエットは走る速度を抑えているのだろうと、少年にもわかっている。しかし今は足手まといにならない事が重要だった。


 一生懸命走るリアンの肩にネロ飛び乗ってきた。この黒猫ネロは少年のことが気に入ったのだろう。事あるごとに纏わりついてくる。


「お嬢様、後方の警戒はお任せください!」


「ええ! 少しでも魔物の気配を感じたらすぐに教えてちょうだい!」


 足場の悪い瓦礫の上を、難なく駆け抜ける一行。魔物達は追うのを諦めたのだろうか、その気配が近づいてくることはない。


 だが、坑道内の薄明かりに、別の色が混ざり始める。


「アデスさん! 前方に何かあるわ!」


 走るのをやめ、ジュリエットとリアンが立ち止まる。アデスが主人の横に並び立ち、その先を見極めんとした。


 紫電を纏った球体が、遠く向こうに浮かんでいる。紫の玉は自身を中心として力場を発生させ、激しい光を放っていた。


 身の前の現象を見て、思考の海に落ちるアデス。だが、あれほど強力な核を必要とする物の選択肢は、多くない。


「あれは、魔法生物の核でしょうな。それも、今の私たちにとって非常に厄介な」


「そう、どの道避けて通れそうにはないわね。──アデスさんはリアンの保護をお願い。これを突破すれば、出口はもうすぐだわ」


 紫色の強烈な光のせいで奥の確認はできないが、彼女の言う通り終点ゴールは近いはずだ。


「ジュリエット、気をつけて!」


「心配しないでリアン。私は負けないし、あなたをエレヴァリアまで連れて行くんだから」


 うれわしげな顔で自分を心配する少年に、ジュリエットは力強く答える。そのまま彼女はリアンに背を向け、歩き出した。


 周辺の瓦礫が幾つも浮かび上がり、球体に吸い寄せられていく。

 それは黒馬よりも大きな一つの塊となり、更にはまだ足りぬとばかりに瓦礫を集め続けた。壁や天井に使われていた不思議な岩は、胴体となり、手となり、足となる。


 発光が収まる頃には、頭のない巨人兵ゴーレムが立ちはだかっていた。胸には紫電の核が露出している。


 タチの悪い人形ゴーレムを前に、ジュリエットは不敵に笑う。


「悪いけどわたくし、お人形遊びは卒業しましたの。潔く、砕けて散ってくださいな」



 ──ジュリエットとゴーレムの戦闘が始まった。


 頭のない巨人兵ゴーレムが声にならない咆哮をあげた。

 ビリビリと空気が震えるほどの威圧プレッシャーをばら撒きながら踏み出し、巨岩で形成された拳を振るう。


 ジュリエットが両手を広げ、彼女の足元に闇色の絨毯が展開する。闇を突き破って、次々と現れる武器たち。


 その中から黒い大斧グレートアックスを乱暴に掴むと、全身で回転しながらゴーレムの拳にぶつけた。


 鐘楼を打ち鳴らしたかのような、くぐもった金属音が大音量で響く。


「──砕けない!?」


 夜の魔女ジュリエットが驚愕する。

 異常な硬さを見せつけたゴーレムは、そのまま何度も拳を振り下ろした。


 撃ち込まれる砲弾の如き拳を、黒い大斧グレートアックスで迎撃し続けるジュリエット。


らちがあかないわ!」


 大斧を手放し、後方へと回転しながら飛び退く。ゴーレムの拳が瓦礫に突き刺さった。


 衝撃によって炸裂する岩の弾丸を避け、ジュリエットは闇の絨毯に着地する。

 そこから二本の黒杭パイルを引き抜くと、ゴーレムの腕を目掛けて全力で投げつけた。


 黒杭パイルが岩の継ぎ目に突き刺さったのを確認し、ジュリエットは指を鳴らす。

 杭が連続で爆発した。


 しかし巨体は小揺るぎもしない。爆発した箇所に破損も見られない。


 巨人兵は拳を引き抜き、またも無声の咆哮をあげた。



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