第二三話 ドヴェルグの大坑道
食事を終えて出立の準備が整った後、少年が感じていた一つの疑問が解消した。
ジュリエットが手をかざすと、
いや、これでは疑問が深まるばかりかもしれない。消滅したのか、収納したのか。
聞いたところでどうせ「魔法よ」の一言で終わってしまうだろう。
先ほど話に上がった国のこととか、魔境はどんな所だとか、気になる事柄はいくらでもある。リアンは考えることをやめた。
気を取り直して、少年は軽く屈伸運動をする。
「何をしているの? リアン」
「んと、あっちまで歩くんでしょ。たくさん寝たから、準備運動で体を起こそうかなって」
西向こうの崖を指差して、リアンは説明する。
「あそこまでは馬車を使うわ。見てて? ビックリさせてあげる」
馬車なんてどこに、などと野暮なことは言わない。魔法を使うのだろう。いちいち驚いていたら身が持たない。
「かぼちゃの馬車が出たって、もうビックリしないよ?」
ジュリエットが指を鳴らすと、土と石だけの地面からドロっとした黒い影が湧水のように
それは見る見るうちに、二頭立ての馬車となって──
「いや、おっきいよ!」
現れた馬車の威容に、リアンは目を
まず馬が大きすぎる。体高は二階建ての家屋に匹敵する高さだ。馬体は黒く
「凄いを通り越してこわいよ……」
馬車に至っては形容する言葉が見つからない。馬に見合う
「黒い、家?」
「
ジュリエットは無表情だが、リアンの反応を見て何故か満足そうだ。心なしか胸を張っている気がする。
「さあ、行きましょう」
†
進路上にある小さな岩や魔物の骨を全て踏み砕き、黒い馬車は渓谷を横断する。
結局、
「これがドヴェルグの大坑道、なの? もっと大きいのを想像してたんだけど」
岩肌にひっそりと口を開ける
高さはそれなりだが、幅は大人が四人並んで歩ける程度だ。少なくとも
「ほほ、坊っちゃまが驚かれるのも無理はありません。ここは神の亀裂ができた時に、たまたま露出した支道なのです。本道は期待を裏切らない規模ですぞ」
拍子抜けな表情を隠そうともしないリアンに、
「ええ、そうね。だからここを登って本道に合流したら、馬車を使ってまた登るわ。そうすれば崖の上に出るの。あと、坑道の中は危険だから
リアンにそう注意をして、ジュリエットは大坑道の中へ入っていった。
「ささ、坊っちゃま。参りましょう」
アデスに促されて、リアンも大坑道の中へと入る。真っ暗なはずの内部は、煌めく星々に照らされていた。
「え、明るい!」
「ふふ、魔法よ」
大坑道とは言え、入ったのは支道だ。高さはせいぜい大人二人分しかない。それなのに輝きを放つ星々は、まるで天高くにあるようだ。
岩壁は光を薄く反射し、坑道を幻想的な空間に変えていた。
「うわぁ〜」
魔法で作られた星空の中を皆と一緒に進むリアン。
見たこともない星座に心奪われていると、土砂崩れを防ぐ支柱に頭をぶつけてしまった。
「いたた」
ゴツンと大きな音を立てた少年に振り返り、先頭を歩くジュリエットが注意を促す。それは「気をつけて歩いてね」という内容ではなかった。
「坑道の中にも魔物は出るから、アデスさんから離れないでね」
言いながら、ジュリエットは右手を背後に回す。
甲高い音とともに、火花が生じた。突然の発光に驚き、リアンは思わず目を
ジュリエットが何かを弾いたようだ。彼女は奥へと視線を戻し、先ほどと同じ口調で告げた。
「さっそく来たわ」
右手には
リアンは何が起こっているか必死に見極めようとする。幸い、坑道内を
ジュリエットは投石を叩き落としているのだろう。その
坑道の奥に浮かぶ六つの黄色い眼光。やや低めの背丈。人のようにも見えるが、こんなところに人がいるはずもない。自分たちを除いて。
投擲物の間隙を縫って、ジュリエットが左手で虚空を掴む。
そのまま腕を捻ると、三体の人影がもんどりを打って倒れ、彼女の前に引き摺り込まれた。
黒い
(これがドヴェルグ?)
リアンにも十分視認できる距離で捕縛されたドヴェルグ。しかし、少年が想像するものとは遠くかけ離れていた。
黄色く光る目は頭の面積に対して異様に大きく、口が耳元まで裂けている。
人を構成する
頭髪と呼べるものは石化していて、全身もまた同様だ。まるで動く石像のようで、至る所がひび割れている。
「魔境の瘴気にあてられ、長い年月をかけて変容してしまったのですな。彼らは千年前を生きた坑夫でしょう」
アデスが少年の疑問を察して、ドヴェルグについて教えてくれた。その声には多少の憐憫(れんびん)が含まれている。
「彼らもまた、哀れな被害者なの。望んでこうなったわけではないわ。──楽にしてあげましょう」
老執事の言葉を引き継ぎ、ジュリエットが捕縛したドヴェルグに向かう。
熱を伴わない炎に包まれたドヴェルグたちは、
「千年……」
リアンはいたたまれない気持ちになって、可哀そうな魔物に
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