第十九話 旅に出ようよ

 死体が綺麗に片付けられた──やったのは執事のアデスだ──中で、ジュリエットはリアンの話を聞いていた。


 孤児院での生活。

 ジャンとエリーのこと。

 イヴェットのこと。

 ジョスランのこと。


 そして、今夜のこと。


 ついにリアンの感情が決壊し、わあわあと泣き始めてしまう。それでも、支離滅裂になりながらも、リアンは一生懸命に語る。


 討伐隊の面々が惨殺され、信頼していたジョスランに裏切られ、建物の中を逃げ回り、緊張と恐怖の連続を味わった。


 ようやく語り終える頃には、ジュリエットに抱きしめられていた。


「怖かったね。よく頑張ったね」


「うぅ、──ううう」


 涙が、止まらない。一晩で、何度死を覚悟したかわからない。それでも、ジャンとエリーの顔をもう一度見たかった。

 この女性ひとにもう一度、逢いたかった。


「もう、大丈夫だから」


 ジュリエットは宝物を扱うように、少年をそっと離す。少し屈みリアンと目線を合わせながら、赤い金髪を優しく撫でた。


 黒猫ネロも慰めるように、リアンの足に顔を擦り寄せている。


 ──しかし、問題が残っている。リアンの今後だ。ジュリエットは少年リアンが泣き止むのを待って、話を始めた。


「あなたの名前を聞いていたのに、自己紹介がまだだったわね。私の名前はジュリエット」


「え、えと、リアンです」


 リアンは改めて、自分を助けてくれた恩人に名乗る。形の良い唇を隠しながらくすくすと笑う貴婦人。


「ええ、知っているわ。馬車道で転んだ、可愛いリアン」


 馬車道での転倒劇を揶揄され、耳が真っ赤になる少年。ひとしきり笑った後、ジュリエットは言った。


「リアン、これからどうするの?」


 彼女は、ロゼッタからの依頼を意図的に伏せて少年に問うた。何故かあの大叔母に、少年との出会いを仕組まれている気がしたからだ。


「えっと……」


 生き残ることで必死だったが、いつまでも霧滔むとうの森にはいられない。何とかして帰らねばならないが、リアンにはその手段が思いつかない。


 少年リアンが二の句を告げられずにいると、思いがけない言葉がジュリエットの口からもたらされる。


「ヴァレア城砦に帰るにしても、孤児院に帰るにしても、あなたはきっと、殺されてしまうわ」


「えっ──」


 リアンは絶句してしまう。


「よく考えてほしいのだけど、二十名から編成された討伐隊が全滅。子供一人だけが生き残って、森を抜けて帰ってくる」


 戸惑いの色を浮かべる少年リアンの顔をジッと見ながら、ジュリエットは予想される事態について説明をする。


「怪しいと感じた城伯は経緯を確認するために、キミを拷問にかけるでしょう。真実を話すか否かに関係なく。その後、キミの口から事実が吹聴されるのを嫌って、処刑されるのがオチね」


 彼女も、厳しいことを告げている自覚はある。しかし、これが現実だ。


「私のことを話してもいいわ。けれど、きっと信じないでしょう」


 魔女が助けてくれたんです。などと言ったところで、リアンには素性も動機も答えられない。そもそも、この夜に起こったこと全てが眉唾なのだ。


「テラミナの孤児院に戻ってもそうよ。主人が死んで小間使いだけが戻ったなら、孤児院の責任者はやっぱりキミを殺すでしょう。ラギエ家からの追求を逃れるために」


 イヴェットならやるだろう。そもそも売ったはずの孤児だ。素直に受け入れるはずがない。

 ラギエ家に引き渡される可能性もあるが、その後は大差がないだろう。


「ジャンとエリーに会いたいのはわかるわ。でも、戻るのは得策とは言えない。それに──」


 ジュリエットは少年を見つめる瞳に、強い魔力を込める。幾度か感じた居心地の悪さを思い出しながら、少年は次の言葉を待つ。


魔力オドの暴走を起こしたキミの体も心配だわ。私の目の届かないところで同じことが起これば、今度こそ死んでしまうかもしれないわ」


 自分の体がどんなダメージを負っているのか、きっと彼女にはわかっている。ただ自分にもわかる言葉で教えてくれているのだろう。


「ジュリエットさん、僕はどうすれば……」


「旅をしましょう、リアン」


「旅──?」


 呆気にとられているリアンに、貴婦人ジュリエットは優しく微笑み返す。


「ええ。私といればキミを守ってあげられる。きっと楽しい旅になるわ」


 彼方から太陽が昇りはじめ、黒から紫に、紫から赤に、空の色を変えてゆく。


 こうして、リアンにとって長い長い夜が終わった。







 森の中を南へと疾走するギネラ。枝葉やぬかるみなど意に介さず、ただひたすらに走る。


「やばかったわあ! 魔術師が持ってきた魔具をパクってなかったら、死んでたわねええ!」


 波濤にぶつけた起爆の式札カードも、離脱に使った縛鎖の式札カードも、すべてリアンが運んでいた背負い袋にあったものだ。


 とは言え、何の代償もなく逃げられたわけではない。ギネラには右腕がなかった。


「恐ろしい威力だったわ。ピカっと光ってドーンなんだもの! 片腕だけで済んだのが奇跡ねえ! でも、ヒゲおじとお揃いなのが気に入らないわっ!」


 ゲラゲラと笑いながら怪人ギネラは森をく。美少女と見紛うほど愛らしいリアンを思い出しながら。


「かわいい顔にあの魔力オド! また会いたいわぁ!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る