第十六話 見つけた

 意識を取り戻した魔獣を一匹だけ連れて、ギネラは建物アジトの中に入っていた。その顔は嗜虐的な笑みを浮かべている。


(ちょーっとヤバかったけど、魔術師の絶望に染まった顔、最高だったわあ。それにあの坊や……)


 美少女と見紛うほどの容姿、内包する膨大な魔力。

 変態ギネラ獲物リアンをどのように蹂躙するか、股間とともに想像を膨らませる。


(どんな声で鳴くのかしらあ。とりあえずいっぱい虐めて、お持ち帰りねええ)


 しかし──


 肝心のリアンが見つからない。魔力探知の魔術を使いながらアジトを徘徊するが、反応がない。

 念のために連れてきた魔獣も、獲物の匂いを見つけられないでいた。


(変ねえ。あれだけの魔力をじゃばじゃばお漏らししたんだから、探知に引っかかるはずなのに)


 少年が一人で森の中を逃げるのは考えにくい。

 霧滔むとうの森は、ドゥーフェ以外にも危険な魔獣が潜んでいる。すぐに死ぬのが関の山だ。

 どこを目指せばいいのかもわからないだろう。せめて朝までやり過ごそうと考えるはずだ。


(いいわ。隠れんぼは好きよお)


 べろりと、舌舐めずりをひとつ。


 ギネラは一階にあるいくつかの部屋を確認した後、魔獣をともなって二階へと向かう。階段を上がり、踊り場を抜け、大広間に入った。


 大広間に置かれているのは大きな円卓と、それを囲うように置かれた十脚の椅子のみ。

 さながら魔術陣のようだが、こんなところに隠れても透けて見えるのがオチだ。


(ん〜、二階ってここしかないのよねえ)


 何かヒントはないかと、これまでの事を思い返し、そしてひらめく。

 魔術師と少年の会話だ。


 ──君に渡した護符よりも強い、防御の魔術陣だ。


(ああ、護符。護符ねええ)


 手のひらを逆の拳でポンと叩き、魔獣に何やら命令をする。自身がたぎるのを抑えきれない怪人は、ヨダレを垂らしながら小さく呟いた。


「まったく、小賢しいわああ」







 トイレで息を潜めていたリアンは、階上から聞こえる激しい破壊音を耳にする。

 自分を見つけられず、半狂乱になって暴れているのだろうか。


 どのみち建物の中をしらみ潰しに探されたら、見つかるのは時間の問題だ。


(どうしよう、他に隠れる場所は……)


 外にはきっと他の魔獣ドゥーフェがいるはずだろう。逃げ場はない。しかし、もし気づかれずに小さい方の建物へ移動できれば。


 あれほど遠かった痛みは、徐々に強くなっている。目もあまり見えなくなってきた。動くなら今しかない。ギネラと魔獣が暴れている隙に。


 リアンは一か八かの賭けに出ることにした。


 上階の騒音に意識を向けながら、トイレの扉をそうっと開ける。他に気配がないのを確認し、長い廊下まで出る。


(外に出たら、隣の平屋に走る。まずは慎重に!)


 唇を噛みながら、玄関ホールへの扉を見据える。あそこまでは、隠れる場所がない。

 極度の緊張から、永遠にゴールへ辿り着けないような錯覚に陥る。それでも一歩、二歩と足を進めた。


(大丈夫だ、まだ二階で暴れる音が聞こえる。大丈夫、大丈夫。僕には気づいてない)


 ──ごとり。


 リアンが五歩目の足を出した時、何かが靴にあたった。どきっとしたリアンは咄嗟に足元を見る。


 床には両手で抱えられるほどの、丸い物体が転がっていた。恐る恐る顔を近づけ、それが何なのか気づいてしまう。

 二つの窪み、大きめの突起、半分以上を覆う金色の毛。


 手が小刻みに震え、恐怖は限界に達した。


 足元に転がるのは、


「あ、あ、、、あた、、、」


 ジョスランの、


「うわあああ!!」


 リアンは悲鳴をあげ、後ろへ倒れそうになった。しかし何者かに肩をつかまれ、倒れることが許されない。


 耳元で、男が囁いた。


「見〜つ〜け〜たぁ〜」


「───っ!」


 上階の騒音は囮だった。怪人は少年が出てくるのを待っていたのだ。


あんな所に隠れていたのねえ。魔獣ドゥーフェの鼻が効かない訳だわあ。そしてえ!」


 驚愕から硬直するリアン。ギネラは乱暴な手つきで少年の体をまさぐり、護符タリスマンを奪いとった。


護符これで探知を阻害していたのねえ! でもお! 隠れんぼはもうお終いよお!」


 叫びながら、リアンを壁に叩きつける。ギネラの膨らみは張り裂けんばかりだ。


「さああ! お預けを食らったんだから! その分サービスしてよねえええ!」


 自分の股間をぐちゃぐちゃに擦りながら、怪人は猛り狂う。彼の欲望リビドーもまた、限界に達していた。


「わああああ!」


 リアンは意志の力を振り絞り、怪人に体ごと向かっていく。稲妻状の紋様が蒼い光を放った。


「おまえのお! キレイな顔をおっ! 穴という穴を───おごぉっ!」


 予測不可能な速度と重さを伴った体当たりチャージ。厚化粧の怪人はリアンを受けきれず、反対側の壁に激突した。


 衝撃により一瞬気を失うギネラ。その隙を突いてリアンはよろよろと出口へ向かう。


 素早く意識を戻したギネラだが、立てなかった。


「ば、莫迦が! 外にはあたしの子猫ちゃんたちがいるのよお!」


 玄関ホールを抜け、外に出ようとするリアン。心も体も、もうボロボロだ。意識がはっきりせず、視界はぼんやりとしている。


(逃げなきゃ、逃げなきゃ。あの女性ひとに、また──)


 しかし無情にも、少年の体は言うことを聞かなくなっていた。

 出口をくぐろうとした時、ついに膝は折れ、頭から前のめりに倒れ込んでゆく。


(また、逢いたい)


 リアンが意識を手放しかけたとき。


 やわらかい手が、まだ小さな彼の体を、ふわりと受け止めた。


 優しい声がする。


 ──キミ、大丈夫?


 確かにそう聞こえた。


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