第十三話 豹変するジョスラン

 あまりの惨状に放心し、へたり込んでいたリアンの髪の毛を掴み、ジョスランが強引に引き寄せる。


「あぐっ!」


「このガキはなぁ! 少なくとも大焦熱グロン・シャローと、それに耐える結界陣をまかなうだけの魔力オドを持っている! こいつからそれを! 取り出すんだよ!」


「はあ!? その子が本当に膨大な魔力オドを持ってるとしてもぉ、この場で強制的に取り出すなんて無理じゃないのぉ?」


 人体から魔力オドを取り出すなど、何人もの魔術師がよってたかって行う儀式魔術が必要だ。少なくともギネラの常識では。


「出来るんだよ! おれが作ったこの魔具でな!」


 ジョスランは自身の右手にある指輪を見せつける。それはリアンに渡した指輪と同じ、淡い紫の石が嵌められていた。


「ガキが嵌めてる指輪は、体内の魔力循環路に無理やり穴を開ける魔具だ! こんな風に! ヴァッジョン!」


 ジョスランが一言唱えると、少年の体がびくんと跳ね上がる。


「そしてぇ! 俺の指輪で魔力オドを取り出す! アブソルプ!」 


「あ、ああああ!」


 電撃の如き衝撃がリアンを襲った。想像を絶する痛みが走り、体が痙攣しながら棒のように伸びきる。

 露出した肌には稲妻状の紋様が走り、右手の指輪へ向かって収束してゆく。淡い紫の石が輝き出した。


「ちょっとぉ、その子死んじゃうんじゃないのぉ?」


「ああ、無理やり魔力オドを抜くんだ。死んじまうだろうなあ!」


 悶え苦しみ、今にも気絶しそうな少年を見て、厚化粧の怪人はジョスランの言っていることが真実だと悟る。


「ジョスランさま、──どうして……」


 痛みが気絶することを許してくれない中、リアンは必死の思いで問いかける。


 ジョスランは道中、いろいろと気にかけてくれた。心配はいらないと言ってくれた。少年にとって、初めて信頼できる大人だった。


 それがなぜ──


「うるせえ! 初めからお前の魔力オドが目的で連れてきたんだよ!」


 タガが外れてしまったジョスランは、盛大にネタをぶちまける。


「あのクソ兄貴! 国からの要請をいいことに、俺を討伐隊に捻じ込みやがって! 挙げ句には、秘密裏の招集だから一人で行けときやがった! 楽団のヤバさをわかった上でな!」


 リアンは体中の痛みに耐えながらも、豹変してしまったジョスランの話を聞き逃さない。聞き逃せない。


「そんな時だ、王都の一角でとんでもない魔力オドのガキを見つけたのは! なぜか巧妙に隠されていたがな! 聡明な俺にはわかったんだよ!」


「しかも、聞けば孤児院暮らしというじゃないか! 運が巡ったと思ったよ! お前がいれば一人で大魔術を行使できる! お前は死ぬが俺は生き残る!」


 たかが孤児一人消えても、誰も気にしない。何の問題もない。ジョスランはそう言いたいのだ。


「虫ケラのおまえは! あの豚イヴェットに売られたんだよ! 端金(はしたがね)でなあ!」


「──!」


 リアンは自分が連れてこられた理由を知り、今度こそ絶望する。もともと自分は生きて帰れなかったのだと。


「あなた下衆だわあ。私から見ても相当なものよお」


「うるせえ! さあリアン! 魔力をよこせええ!」


 少年の中にある魔力オドを一滴残らず吸い出そうと、ジョスランは指輪に込めた力をさらに強める。


「あああああ!!」


 指輪が放つ閃光を眺めながら、ギネラは冷や汗をかいていた。


(さて、本当に大焦熱グロン・シャローを使う気なら、どこにも逃げ場はない。下手をすれば霧滔むとうの森が全部燃えちゃうんじゃないかしら。防御の陣も破れないし、──やばいわぁ!)


 恐らく焼け野原から脱出する術も用意しているのだろう。無論、リアンと呼ばれる少年の魔力を前提として。


「ラ・ヴォルト、フェルセット! トランフェ・センドレス!」


 ジョスランが大焦熱グロン・シャローの超長文詠唱に入った。同時にリアンから大量の魔力が、貴族魔術師の指輪へと流れ込む。


「ぐうう! あ! ああああ!」


 リアンがどれだけ苦しもうと、意に介さず詠唱を続けるジョスラン。


「ヴェインズ、シャピオ・ド・ブラムス!」


「くっ、一か八か結界が破れるのを期待するしかないわぁ! おまえたちぃ!」


 ギネラの号令によって、防御陣を破壊すべく十体の魔獣ドゥーフェが躍り出る。

 鞭の如き尾を叩きつけ、人体を軽く吹き飛ばす巨体で突進し、牙と爪を突き立てる。しかし魔獣の攻撃は虚しくも、防御陣の光を僅かに揺らすだけだ。


 ギネラ自身も火球の魔術を放つが、光の向こうへは突破できない。その間にも大焦熱グロン・シャローの詠唱は続いている。


「学習せんなあ!! いくらやっても防御陣は破れん! ガキの魔力があるうちは!」


「くっ、あたしは楽団の指揮者コンダクターなのよ! こんなところで!」 


「くははは! 死ねえ! ジェスト・シーヴァ! 来れ獄炎の竈門かまどよ! 我は汝を──」


 焦るギネラを前にジョスランが詠唱を完成させようとしたその時──小さな、とても小さな破砕音を立てて、リアン側の宝石が割れた。


 突如、轟音が鳴り響く。


 巨大な滝壺のような音とともに、少年の体から魔力オドが溢れ出す。指輪同士をつなぐ道が絶たれ、行き場を失くした力の奔流が渦を巻き、周囲を吹き飛ばした!


(ぐうおおっ! 何が起こった!)


 魔力の衝撃波に飛ばされ、地面に激突するジョスラン。背中をしたたかに打ち、呼吸困難に陥りながらも、必死に考えを巡らせる。


 指輪を使った吸収魔術の理論は完璧だったはずだ。現にリアンから魔力を吸い出し、大焦熱グロン・シャローは完成しつつあった。


 しかし、ジョスランは知らない。


 リアンが王都を出る時、馬車道で転倒したことを。出会った女性に傷を癒してもらう際、石に亀裂が入ったことを。


「はあっ、はあっ! なぜだ! なぜ失敗したあ!」


 ジョスランの叫びが虚空に木霊こだました。


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