第十一話 厚化粧の怪人
僧侶が死んだことを理解するのに、三呼吸分の時間がかかったリアンは、
「あ、あ、ああああああ!!」
一瞬遅れて、絶叫する。
討伐隊全員の目が少年に向き、次いで倒れている僧侶、そして血まみれの短剣を持って立つギリアーに気づく。
「ギリアー、貴様ぁ!」
オーバンが叫び、抜剣する。それを合図に戦士たちは戦闘体制に入った。
「うふふ、怒らないでぇ。素敵なオジ顔が台無しよぉ?」
野太く、間延びした口調で応えるギリアーに、討伐隊の面々は呆気に取られる。
そんな周囲に構わず、黒ずくめの斥候は覆面を乱暴に剥ぎ取り、髪をかき上げた。
「ギリアーってだあれ? あたし、知らないわぁ?」
魔術陣の薄光に照らされて浮かんだのは、全体に分厚く
「ひっ──!」
「あらボクぅ、怖がっちゃやーよ」
現れた
「き、貴様! ギリアーはどうしたギリアーは! というかなんだその顔は! というか誰だお前は!」
剣を向け、唾を飛ばしながら喚き散らすオーバンは明らかに狼狽している。それが面白くて仕方ないのか、厚化粧の怪人はからかう口調を崩さない。
「ギリアーって、あなたたちが放った斥候の人よねぇ? 拷問してたら死んじゃったから、食べちゃったわ。もちろんそのままの意味よぉ」
「なっ……」
怪人の言葉に、場の空気が凍りつく。この男は人肉を食べたと言っているのだ。
「ああ、申し遅れたわね。あたしは楽団に所属する
ギネラと名乗った厚化粧の怪人は、先ほど殺害した僧侶の頭を踏みつけながら、得意げに続けた。
「このアジトはね、もともと廃棄する予定だったのだけど、あなたたちの斥候に見つかっちゃったのよ。隠蔽魔術はかけてあったんだけどねぇ?」
その時、一人の戦士がギネラに飛びかかった。
命を刈り取るはずの刀身は、──しかし無造作に掲げられた素手によって受け止められた。
「まったく、人が気持ちよく喋ってる時に……。興醒めだわぁ」
厚化粧の怪人は掴んだ剣を自分に引き寄せ、勢いのまま
胸甲ごと風穴を開けられた戦士は、びくびくと痙攣し、やがてだらりと動かなくなる。
「な、な……」
オーバンは目の前で起こったことが信じられないとばかりに小刻みに震え、今にも剣を取り落としてしまいそうだ。リアンに至っては、何の反応もできない。
「続けるわねぇ。
「あんた言ってたわよねぇ!? 彼はギリアー! 今回楽団のアジトを発見した斥候だぁ! ここからは彼も同行するぅ!」
ギネラは絶頂を迎えんばかりの恍惚とした表情でまくしたて、トドメとばかりに言い放つ。
「団長さん、どんな気持ち!? ギリアーと思ったら偽物だった! 夜襲を仕掛けたつもりが罠だったぁ! ねえ! 今どんな気持ち!?」
「て、敵は一人だ! 殺せぇ!!」
聞くに絶えない
マヌダルの僧侶は戦士達に祝福を与えようと、
それが次の犠牲者を決定づける。
「やらせないわぁ!」
「かひゅっ──」
僧侶が神聖術を完成させる直前、ギネラがその首を掻き切る。
「これで加護も魔物避けも使えないわねえ! おいで、おまえたち!」
戦士達の斬撃を右に左に躱しながら、ギネラは指笛を使って何かを呼んだ。
余計なことはさせまいと突きを繰り出した戦士が、横合いから猛然と迫ってきた大きな影にさらわれる。
「あがぁっ!」
キーラとリアンは見た。黒い獣が、二本の長い鞭で戦士を締め上げているのを。
ばきばきと異様な音を立てながら戦士は、目から、耳から、鼻から、口から血を流して、絶命した。
「ありえねえ!」
「おい、十匹はいるぞ!」
あちこちで驚愕の声が聞こえる。
黒豹の如き体躯、ほぼ死角のない三つの目、人を絞め殺す二本の長い尾。恐るべき森の捕食者たちが、この場に乱入してきたのだ。
「ド、ドゥーフェだ!」
熟練の冒険者でも一人では勝てないとされる魔獣が十体。しかも夜。戦士たちが絶叫し、恐慌が起こる。
「んふふ〜、その子たちはあたしの可愛い家族よ。別に一人で皆殺しにしてもいいんだけど、あなたちにはできるだけ絶望して死んで欲しいから、連れてきたのよぉ」
ギネラは股間をさすりながら、頬を上気させた。
「素敵な断末魔を聞かせてねえ?」
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