第十話 罠

 ひしめく木々が途切れ、開(ひら)けた空間に出た。


 討伐隊の二十メトリ約二十メートル先には、人の頭よりも高い木杭が隙間なく並べられている。外部からの侵入を拒む防壁だ。


 その長さを推し量ろうと首を回してみても、暗闇に溶け込んでしまって全容は知れない。


 オーバン団長を先頭とした一行は、姿勢を低くし、音を立てないように警戒しながら防壁まで移動する。


 リアンも慎重に大人たちの後をついてゆく。

 緊張と不安が最高潮に達しているためか、今にも口から心臓が飛び出してしまいそうだ。両手で口を押さえながら、震える足を前に出す。


 オーバンが左手の肘から先を上げて、入口発見の合図ジェスチャーを出した。一行は周囲を警戒しながら、突入の合図を待つ。


 ジョスランは赤い金髪の少年が側に居ることを確認し、逡巡する。


(前方の、木柵が途切れた辺り。恐らくあれが入り口なのだろう。しかし見張りが居ないのは何故だ。楽団のアジトだぞ? 無警戒にも程が──)


 考えを巡らせていると、木の杭に不自然な傷を発見する。刃物で抉ったのだろうか。ジョスランは素早く小声で詠唱し、夜目の魔術をかける。


「ア・スーラ、ヴィジリダ・スキュリテ。闇にて掴む一つの解」


 闇夜の中で視界を確保し、他の木杭を注意深く観察する。どうやら木杭の傷は、等間隔でつけられているようだ。


(何らかの魔術痕跡だろうが……。いや、そもそも森の中とは言え、これだけの施設が今まで発見されなかったこと自体、──隠蔽魔術か?)


 その時、オーバンが左手を水平にし、突入の合図を出した。餌を前に「待て」をされていた黒ずくめの猟犬たちが、入り口の向こうへと殺到していく。


(くそっ! せめて支援魔術バフをかけてから行けよ莫迦が!)


 ジョスランは盛大に舌打ちしたい気持ちを抑え、リアンにも夜目の魔術をかける。

 突然、視界が明るくなった少年は、驚きながらジョスランを見る。


「さあ行くよリアンくん、僕を見失わないように」


「は、はい」


 これから起こるだろう殺し合いの現場を想像して青ざめているリアンは、自分を奮い立たせジョスランの後を追う。

 その後ろにはキーラが、さらに後ろは二人の僧侶プリーストと二人の狩人レンジャーが続いた。


 後援部隊とともに木柵の内側へと入ったリアンの目に、無骨で直線的な建物が映った。

 先ほど団長が言っていた「デカいの」だろう。装飾的な造形は一切なく、二階には大きな窓がいくつか見て取れる。


 隣には背の低い平屋がある。おそらくは馬の厩舎だろうか。


 団長のオーバンと共に十人ほどの戦士が、二階建ての館へと入っていく。


「リアンくん、背負い袋から緑色の瓶を一つと青い石を十個出してくれ。キーラは念のため付与術エンチャントの準備を。彼らは突入してしまったが……」


 二人に指示を出すジョスランの顔は厳しい。リアンは貴族魔術師の機嫌を損ねまいと、言われたものを急いで手渡した。


 ジョスランは受け取った小瓶を地面に置き、その周りを囲う形で青い石を並べる。


「リテ・トウト・シャント、トウト・サリエ。レスマ、エトレ、モスパレ。卑する身にせめてもの拒絶を」


 手をかざし詠唱すると、小瓶が割れて中から緑の液体が飛び散る。不思議なことに液体は、青い石を外周として円形の陣を描いた。

 薄く発光する地面は、大人三人が入っても十分な広さがある。


「ジョスランさま、これは?」


「君に渡した護符よりも強い、防御の魔術陣だ。外から飛んでくる魔術を阻害するのだが、頑張れば物理的な衝撃も防げるんだ。キーラと三人で中に入れば安全に討伐隊を支援できる。心配はいらないと言ったろう?」


 もっとも、それなりの魔力を使うのだがねと補足するジョスランに、リアンは感激を覚える。


(大丈夫、ジョスランさまのお側にいれば!)


 貴族魔術師による庇護が、リアンの中でおりのように溜まっていた不安を消し去ってゆく。


「おいおいー、俺たちの分はないのかよー」


 貴族魔術師と少年の会話を聞いていた狩人(レンジャー)の一人が、「不公平だぞ!」と言いたげに話しかけてくる。斥候のギリアーもうんうんと頷いていた。


「はは、すまない。今回準備できたのは陣一つ分だけだったんだ」


「ご、ごめんなさい冒険者さん」


 ジョスランとリアンが揃って謝罪する。とくに美少女と見紛うほどの可憐なリアンから上目遣いで謝られては、彼もそれ以上強くは出れない。


「いやいや、じょーだんじょーだん。言ってみたかっただけだって!」


 狩人は手の平を左右に振りながら、必死にごまかす。キーラは頬を赤らめ、まるで尊いものを見るような目でリアンを凝視し、抱きしめる。


「わわ、キーラさん!?」


「大丈夫。わたしもリアン君を守るから」


 自分がきっかけとは言え、狩人は緊張感のないやりとりに不安を覚えながらも、貴族魔術師に賞賛を贈る。


「しかしすげえな、ラギエ家の魔術師さんは。魔術も衝撃も防ぐ結界なんて、話に聞いたことはあっても実際に拝んだことはねえよ」


「ああ確かに、本来は集団戦において数人で行使する魔術だからね。どのみち見る機会はそう無いだろう。今回は魔術師の人数が限られるうえにキーラは専門外だから、魔術陣として起動できるようにしてきたんだ」


 直接的に自分の魔術を褒められてまんざらでもないジョスランだが、周囲に対する警戒は緩めない。


(先ほど見つけた魔術の痕跡も気になる。やはりあれは──)


 突然、屋敷の方から大きな音が鳴り響いた。リアンは吃驚(びっくり)して顔を向けると、屋敷の入り口を破壊して討伐隊の戦士たち戻ってきた。


 忌々しげに顔を歪ませ、団長のオーバンは吐き捨てる。


「どうなっている! ギリアー!」


 狩人がオーバン団長の元へ駆け寄り、何が起きているのか質問するが、


「どうもこうもないわ! 人っこひとり見当たらん!」」


(やはり罠か)


 猛り狂う団長を見て、ジョスランは確信する。


「ギリアー! ギリアーはどこだ!」


 尚も吠えるオーバンの怒気に当てられ、斥候のギリアーを探そうとリアンが背後に顔を向けたその時、


 マヌダルの僧侶が、胸から短剣を


「あっ、──がはっ」


 大量の血を吐き、その場で膝から崩れ落ちる。倒れた僧侶の背後には、ギリアーが立っていた。


「うふ、ふふ、うふふふ」


 ──彼は底冷えのするような声で、冷笑したわらった

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