第九話 森の中を進む

 ──そして現在。


「どうしたの? リアンくん」


 ふと我に返る。気遣うように声をかけてきたのはキーラ。切れ長の目とかなり細い身体のライン──ローブで隠れているが、出るところはしっかり出ている──が印象的な女性の魔術師だ。


「あ、ごめんなさい。少しぼうっとしてしまって・・・」


 キーラはリアンの深くて青い瞳をじっと見つめる。そして何かを察したのか、リアンに少し体を寄せてきた。


「怖いのね、でも心配はいらないわ。討伐隊の戦士はオーラントでも有数の騎士や冒険者ばかりよ。とくに団長を務めるオーバン殿はヴァレアの騎士団で随一の剣士だわ。それに──」


「戦神マヌダルの僧侶プリーストが二人と付与魔術師エンチャンターの私がいるから、戦士の方々は普段以上の力を発揮するでしょう」


 少年の不安を少しでも取り除こうと、落ち着いた声で語りかける付与魔術師エンチャンター。しかしリアンの表情は暗いままだ。


 なぜ十一歳の子どもをこんな危険な仕事に随伴させるのか。キーラはすぐ前を歩くジョスランの背中を睨みつけた。


「あなたの雇い主であるジョスラン殿も、オーラントでは名うての魔術師よ。負けることはないわ」


 自分の名を呼ばれて、貴族の魔術師はキーラとリアンへ振り向く。「ああそうだ」と言って、一枚の紙をリアンに手渡した。


「ジョスランさま、これは?」


護符タリスマンだよ。人を眠らせたり金縛りにかけたり、そういった悪い魔術から君を保護するお守りさ。──ポケットにでも入れておけば大丈夫だよ」


 キーラが気になって護符を見ようとした時、先頭を歩くオーバン団長がまた行軍を制止した。


 森の奥からゆっくりと近づく手練れの気配に、討伐隊の戦士たちが身構えた。やがて闇から人の形が染み出してくる。


「待たせたなギリアー」


 現れた男はギリアーと呼ばれた。長い前髪と口元を隠す覆面により、その表情は伺えない。


「皆、彼はギリアー。今回楽団のアジトを発見した斥候だ。ここからは彼も同行する」


 オーバンの言葉に頷くと、ギリアーは来た道へと向き直った。


 合流した斥候ギリアーと共に、森のけもの道をひたすら征く。

 討伐隊は霧滔むとうの森に入ってからというもの、獣にも魔物にも遭遇しなかった。


 獣はわかる。単にこちらが集団だから寄ってこないのだろう。だが魔物は違う。大渓谷が近いだけあって、森には獰猛な個体が多い。


 とりわけ危険なのは、ドゥーフェと呼ばれている魔獣だ。黒豹の如き体躯にほぼ死角のない三つの目、そして二本の長い尾を持つ。

 かなりの距離から獲物を捕捉し、飛びかかり、長い尾で打ち据え、締め上げ、肉を切り裂き、そして食いちぎる。


 熟練の冒険者でも一人で相手をするのは自殺行為と言える。


 森の捕食者ドゥーフェに遭遇しなかったのは、戦神マヌダルを信奉する僧侶プリーストのおかげだ。

 討伐隊は彼らが使う魔物除けの神聖術によって、戦力を消耗せずにここまで辿り着いていた。


(ここまでは予定通り。こっちは実力者をかき集めた精鋭部隊だ。仮に相手が五十人いようとも、賊相手に負けることはない)


 討伐隊の長を務めるオーバンは、見えてきたアジトと思しき木の柵を前にして、静かに猛る(たける)。


(さあ、賊を斬り殺して、とっとと帰るぞ)



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