第七話 ジョスランの独白

 馬車は進む。


 一日目の道程は何事もなく、馬は日が沈むまでジョスランとリアンを運んだ。夜になると街道脇の開けた牧草地で野営をし、朝早くに出発した。


 二日目からは魔物と何度か遭遇し、護衛の戦士たちがすべて斬り捨てていった。


 リアンは戦闘の度にびくびくしていた。耳を塞ぎつつも、怖いもの見たさで馬車の窓から顔を出す。魔物の血を見て目をつぶる。また見る。その繰り返しだった。


 結局魔術師の出番はなかった。


 三日目の、太陽が中天を少し過ぎた頃、一行はヴァレア山の中腹に到達していた。ジョスランとリアンが馬車を降り、御者と護衛に別れを告げた。


 護衛たちは心なしか、名残惜しそうだ。


「おい坊主、魔術師の旦那がいるから大丈夫だろうが、気をつけて行くんだぞ」


王都テラミナに戻ったら組合に顔を出せ。うまいメシの礼だ。今度は俺がご馳走してやろう」


「そうだ、もうちょいデカくなったら冒険者になれよ! お前みたいに気配りができるやつは重宝されるぞ!」


 リアンは二回の野営で率先して夕飯を担当し、御者や護衛からの評判も良かった。すっかり胃袋を掴まれてしまった大人たちは、少年の頭を撫でながら言葉をかける。


「ありがとうございます! みなさんも帰りはお気をつけて!」


 大人に優しくされた経験が乏しいリアンは、胸に温かいものを感じた。


 ジョスランは何やら御者と話しながら、冷ややかな目でその様子を見ていた。







 徒歩となった二人は西へ西へとヴァレア山を登る。なだらかな稜線の向こうには、小さいがハッキリと城砦の影が見える。あれが目的地だろう。


 山道から見える景色は平原となっていて、まばらに低木が見受けられる。一見して険しくない道だが、足元には拳大の石がゴロゴロしていて意外と歩きにくい。


 そこを体力のない魔術師と重い荷物を担いだ子どもが登山するのだから、進み具合は良くない。

 向こうに見える豆粒ほどの城砦の影も、一向に大きくならない。


 ジョスランは歩きながら、ぎゅっと顔に皺を寄せ、心の中で吐き捨てた。


(くそっ、楽団の討伐だと! なんでこの俺が!)


 もう何度、心の中で悪態をついただろうか。この二週間ジョスランは苛立ちに支配されていた。


 楽団とは諸国に仇なす犯罪組織で、彼らは盛んに活動している。最近では隣国ブロンゲリアの王都で起きた国立機関の爆破や、オーラント貴族令嬢誘拐事件などが記憶に新しい。


 近隣諸国は協力してその対応に乗り出しているものの、『楽団』が自らそう名乗ること、そして圧倒的な武力をもっていること以外、何もわかっていないに等しい。


 そんな折、オーラント王国が放った斥候部隊によって、楽団のアジトが発見された。ヴァレア城砦の近くである。


 王国はアジトの殲滅を決定。楽団に気取られないよう、慎重に討伐隊を編成していた。その一人に選ばれたのがジョスランだ。


 ジョスランは、兄のシルヴァンが厄介払いのために彼を討伐隊へ押し込んだと確信している。


(あの野郎、跡目欲しさに俺を売りやがって! ラギエ家を潤わせてきたのは俺だぞ!)


 もともとジョスランは変人と言っても良いくらい魔術の研究に没頭していた。


 国立の魔術士官学校を主席で卒業してからも、家に引きこもって研究を続けた。

 いくつかの魔術革新、新たな触媒の発見と開発など、魔術界隈において目を見張る実績を残した。


 父親のラギエ子爵は、息子の成果を金儲けに利用した。莫大な利権とそれらがもたらす富に、ラギエ家は貴族社会において一目置かれる存在となった。


 ジョスランが取り憑かれたように研究をしている陰で、兄のシルヴァンは人脈作りに腐心する。


 王宮や大貴族の邸宅で開かれる舞踏会はもちろん、領地を持たない末端貴族の小さなサロンであろうと、およそ社交の場と呼べるものにほとんど参加していた。


 ラギエ家といえばジョスラン。どこへ行ってもそう言われる。金を産むとはいえ、兄にとってジョスランは邪魔者でしかなかった。


 父に代わりラギエ家の顔として定着してきた頃、楽団討伐の相談を受ける機会があった。シルヴァンはこれ幸いと、弟のジョスランを討伐隊にねじ込んだのだ。


(討伐が成功すれば、俺を紹介した兄貴の手柄。失敗すれば邪魔な俺が消えるってとこか!)


 どう転ぼうとラギエ家の次期当主は、実績のある弟ではなく兄の自分。そう思っているに違いない。


 ジョスランは自分の後ろを健気についてくる赤い金髪の少年を見る。


(とにかく死ななければいいんだ。そのための保険は用意した。家のことなどもう知るか! 無事に帰還したら港町のアトリンチにでも移り住んで、研究の日々に戻ればいい!)



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