第三話 少年リアン

 人界の端と呼ばれているヴァレア城西。そこから南へ徒歩で二日の距離に、霧滔むとうの森と呼ばれる森林が広がっている。


 夜の静寂に支配された森の中、音を殺して進む一団があった。その数は二十人。


 周囲を警戒しながら歩く十三人の戦士はみな、黒く染めた堅革ハードレザーと、黒錆で覆われた胸甲ブレストプレートを合わせたライトアーマーを装備している。


 わずかな月明かりも反射しないこの夜戦装備は、森の中というのもあいまって、遠目からの発見は困難だろう。


 後ろにいる二人の僧侶プリーストや二人の魔術師ウィザード、二人の狩人レンジャー、小間使いも同様に黒い装束をまとっている。


 一団の先頭に立つ団長らしき男が、ふいに右手を上げて行軍を制した。男は振り向き、声をひそめ、しかしよく通る響きで伝える。


「よいか。斥候の報告どおりなら、あと二刻ほどで楽団のアジトに到達する。我らは少数だが、実力者揃いだ。皆でオーラントに巣食う犯罪者どもを叩き出すぞ」


 楽団とは東部諸国に仇なす犯罪組織ギルドである。その拠点の一つがここ、霧滔むとうの森にあるという。


奴輩やつばらのアジトには建物が二つ。デカいのと小さいのだ。小さい方は人が詰めるような作りではないらしい。よって、無視でいいだろう——」


 小間使いの少年リアンは夜襲の説明を聞きながら、恐怖に慄いていた。


(ぼくはただの使いっ走りなのに・・・・・・)


 もうすぐ戦いの場に着いてしまう。不安を覚え、思わず胸を手で押さえる。


 その手が震えているのに気づくと、今度はがちがちと下顎したあごが痙攣してきた。寒気を感じる。全身の毛穴が粟粒あわつぶにでもなったようだ。


(もしかしたら、殺されてしまうかもしれない)


 目の前に広がる真っ暗な森が、奈落への道に思えてならない。


 ──どうしてこんなことに。


 リアンはここに来るまでのことを思い出していた。







 リアンは孤児である。年齢はおよそ十一歳で、同じ歳の子らと比べて少しばかり大人っぽい。


 夕日のように赤みがかった金髪と、深くて青い瞳。容姿は少女と見まごう端麗さであり、二次性徴が終わる頃には精悍さも加わった青年へと成長するだろう。


 リアンが暮らす王都テラミナの孤児院は大きく、貴族と女奴隷の間にできた子どもや、口べらしで捨てられた子ども、戦争孤児などが暮らしている。


 彼が孤児院に来た事情は少し異なるが、詳しい話を聞かされたことはない。


 ともあれ彼は孤児院の仕事をよくこなし、他の子たちの面倒をよく見ていた。

 しかし利発的なところが大人たちは気に食わなかったのだろう。少しでも失敗をすると体罰を受けたり、食事を抜かれるのは日常茶飯事だった。


 先月は虫の居所が悪いという理由で、鞭で打たれた。皮膚が破れて焼けるような痛みが何日も引かず、涙を堪えながら過ごした。


「早くここから出ていこう。そうだ、冒険者なんかいいかもしれない。怪物をやっつけてお金を稼ぐんだ」


 もう少し大人になったら、一人で生きていけるようになったら。ああしよう、こうしよう。


 未だ遠い未来の自分に思いを馳せ、辛い日々を耐え忍んでいた。


 そんなある日のこと──


「おい、リアン」


 孤児院の中庭で汗をかきながら、洗濯した大量の服を干しているリアン。その背後から声がかかった。


 振り向くとそこには、背中が大きく前に曲がった暗い顔の男が立っていた。


「こ、こんにちは、ウドゲルさん」


 ウドゲルと呼ばれた男は下卑た笑みを浮かべて言った。


先生シスターがお呼びだ。さっさとそれを片付けて応接室に行ってこい。いいか、ちょっとでも遅れてみろ。また鞭打ちだぁ」


 そう。ウドゲルは体罰を与えてくる大人の中でもとくにタチの悪い手合いで、先月の鞭打ちもこの男によるものだ。


「返事はぁ!?」


「ひ、は、はい!」


 赤い金髪の少年が引きつった顔を見せると、ウドゲルは満足そうに去っていった。


 鞭で打たれた痛みを思い出し、リアンは追い立てられるように仕事を片付けて、そのまま駆け出す。


(応接室! ここからでもかなり遠いよ!)


 テラミナの孤児院は戦神マヌダルを奉ずる教会に、併設される形で建っている。


 貴族たちが見栄を競うように教会へ寄付をし、それを原資に増築を繰り返した施設は、広さだけなら大公爵の屋敷にも匹敵する規模となっていた。


 息を切らしようやく応接室の前に辿り着いたリアンは、呼吸を整え、孤児院には似つかわしくない豪奢なドアを二回ノックする。


「イヴェット先生シスター、リアンです。えと、遅くなってすみません」


「お入りなさい」


 入室の許可を得た彼は「失礼します・・・」とゆっくりドアを開けた。

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