二月の大会 2
大会の会場となる体育館は、爽太の通う剣道クラブが使う体育館よりひとまわり大きかった。それにガラス張りで新しい。
エントランスには、すでにこの大会に出場する子供たちが集まっていた。
もちろん、爽太が通う剣道クラブの子供たちも、ぼちぼち集まっている。彩夏もいた。私に気づくと、一直線に駆け寄ってくる。
爽太の応援もそうだけれど、今日の私のもうひとつの楽しみだ。
「あかりさん! おはよ!」
「彩夏ちゃん、おはよう」
私と彩夏はハイタッチした。
「本当に来てくれたんだ」
「約束したもの。応援してるよ」
「うん」
友達になってもうすぐ一か月。下の名前で呼び合うのも慣れた。
ちなみに剣道クラブの男の子たちは、もう私を囲ったりしない。遠目で私を見るくらいだ。囲ったりして颯の恋人なのか云々言えば、彩夏に鉄拳制裁を食らうことになるから。
「終わったらあかりのお店に行っていい?」
「もちろん。またカフェオレ奢るよ」
「やった」
「二人とも仲良さそうだな。ほほえましー」
傍らの爽太、皮肉をつぶやいてちょっと拗ねた様子だ。
「爽太、うるさい」
彩夏は笑顔のまま罵る。「なっ」と爽太は顔を引きつらせた。
――爽太、恋に関しては前途多難だな。
「うるさい言うな。さっさと集合するぞ緊張感がない」
「お前がそれを言うんだな」
電車の中の爽太を知る颯も、にこにこしながら弟を見つめる。
「うるさい」
爽太は意地を張ったまま、剣道クラブの友達が集合しているほうへと歩き出した。
「爽太、わかってるわね」
仲間たちの元へと向かおうとする爽太を、私は少し呼び止める。爽太は振り返ってくる。
「ちゃんと私にかっこいいとこ見せなさいよ」
私は親指を立てる。
「わかってるよ」
爽太も親指を立てた。
そして彩夏と一緒に前に歩いていく。
「爽太ってあかりさんと仲いいよね。どうして?」
彩夏が爽太の隣を歩きながら、尋ねている。
「煉瓦珈琲、母さんの行きつけなんだよ。連れていかれるからよく会うの」
彩夏と話しながら歩く爽太の背が、私には頼もしく見えた。
ちょっと前まで、剣道をやめようとしていたとは思えないくらいだ。
そして爽太たちを見つめていたのだが、
「舟入さん、本当に来たんだな」
背後から
「あ、
私は振り返り、頭を下げる。
「いやあ、うちの子を応援してくれて嬉しいな」
「おかげ様で無事に大学の課題、終わりましたし」
架空の課題だが。
「まあ試合までは退屈かもしれんが、楽しんでいってくれな」
義友は私の脇を通り抜けていく。その間際に、
「……爽太にあんな絵馬を書かれるとは、舟入さんも幸せ者だな。応援しているぞ」
わざと私に聞こえるような独り言をつぶやいた。
「ちょっと……」
どういうことですか? なんで爽太を叱らないんですか?
私は聞こうとしたけれど、状況が許していなかった。剣道クラブの子供たちは、彩夏に急かされて整列し、師範の義友を迎えている。
今絵馬のことを話題にしたら、子供たちの間で変な噂が立ってしまう。
……立ってしまったら、大変だな。
私は、颯のほうを見る。義友にまで弱みを握られているのだ。颯は無表情こそ保っているが、目が義友のほうを向いていなかった。
新しくて、ワックスの匂いがするアリーナで、開会式が行われる。私は観客席からその様子を見つめていた。講話や開会宣言が行われる間、爽太は、整列した剣道クラブの先頭に立って、凛とした姿で佇んでいる。
開会式が終わって少ししたところで、
「おはようございます」
私は声をかけた。
「あら、舟入さん、本当に応援に来てくれたのね」
「どうもありがとう」
二人も声をかけてくる。
「颯や爽太と同じ電車で来たそうですね」
「はい」
「爽太、舟入さんと同じ電車に乗るんだって、ちょっと嬉しそうにしていたわ。今朝だって、颯よりも先に起きたし。よっぽど今日の大会を大事にしていたのね」
綾乃、何も知らぬ様子で話している。
「はあ……」
何だかんだで、爽太は今日の大会にかける意気込みは強い。本気で優勝して、颯に私のことが好きだと言えと迫るつもりでいる。
行きの電車の中では、告白の言葉を考えておけなどと言っていた。
とはいえ、さすがにこの二人に話していないのだろう。
「ところで、あれから爽太、どうですか?」
颯や本人がいないところで、いつかこの二人に聞いておきたいと思っていたことだ。
爽太が剣道をやめようとしたのは、
「颯先輩のこと、まだ引きずっていそうですか?」
「さあ、どうかしらね。まだ何とも言いきれないけど」
「でも、変化はあった。あの二人、うちの庭で一緒に竹刀を振ることが増えたんだよ。芝生荒らしても怒られないと、味をしめたみたいだから」
才治が言ってくる。むしろ嬉しそうな様子だ。
「爽太のおじいさん、どうしていますか?」
「もう、爽太を引き取るという話はしてきていない。大会に応援に来ないのは相変わらずだけどね。こっちから連絡してみたら、試合の集中の邪魔になるだけなのに行けるはずがない、だって」
やっぱりあの人もあの人で、三年前の事故で責任を感じ続けているのだろう。
爽太が竹刀を持って活躍しているところを見てあげてもいいはずだけど、まだ時間がかかりそうだ。
「とはいえあの人は、爽太が剣道を続けるなら、中途半端なところで投げ出さないように応援してくれとも言っていた。もう爽太から剣道を取り上げる真似はしないから、そこは安心してほしい」
「そうですよね」
勇気を出して、あの日颯と爽太の家に向かってよかった。
「爽太のことで何かあったら、言ってくださいね。これからもできることはやりますから」
まして、この大会で爽太が優勝したら、颯は好きだと言ってくるのだから。
「舟入さんが気を遣うほどじゃないけど、そうだね。頼りにしているよ。逆にそっちも何かあったら言ってほしい」
才治は、遠慮する様子もなしに言った。
これからもこの人たちとは、いい関係が続くだろう。いつか晴也や真弓にも会ってほしいな。
「さてと、そろそろうちの子にも会いにいこうかしら」
綾乃は、アリーナに視線を向けた。颯や爽太の姿を探している。
「あ、ごめんなさい。こんなところに留めてしまって」
「まだ試合まで時間があるし、大丈夫よ。爽太はあそこね。ちょっと話してこようかしら」
綾乃は、アリーナにいる爽太に手を振った。友達と何か話していた爽太も、それに気づいて、手を振り返してくる。そして友達のところから離れた。ロビーに向かうのだろう。
「ちょっと失礼するわね」
「はい」
才治も綾乃も、いったん観客席を後にしていく。
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