鹿島神宮のお守り 3

「あかり、すごかった。俺のじいさん相手に、あんなに堂々としてて」

 爽太は、いつもの爽太に戻っていた。生意気盛りで、遠慮を知らず、言いたいことをずけずけ言ってくる。

 この後で才治に説教を受けるというのに。

「爽太を見ていると、見てられなかったの。あんなに友達に慕われているのに、この町からいなくなるなんて」

「慕われてるなんて、ただじゃれてるだけなのに」

 爽太、素直じゃない。口元を緩ませて、ほっとしているのがバレバレだ。

 私は追い打ちを仕掛けることにした。

「それに、好きなんでしょ。彩夏ちゃんのこと」

 爽太の顔が、一気に赤くなる。

「なっ! バカ言うな! あいつもただの友達だっての!」

 くすっ、と颯まで笑う。

「笑うな!」

 爽太はわめく。

「仕返しよ。初詣であんな暴露したんだから」

「あかり、大人気ない。兄さんも何か言ってよ」

「こればっかりは、どうしようもないな。堂場さんとは日頃から仲良さそうなのは傍から見ていてわかるし」

「嘘だろ……」

「そもそも俺だって、初詣のあれの被害者だし」

 私と颯は笑い、爽太はふてくされる。

「二人とも性格悪い。大人のくせに」

「で、何の用なの? 三人だけで何を話したいわけ?」

「……初詣の続きだよ」

 ふてくされた顔のまま、爽太は言う。

「そう、そういうことね」

「あかり、兄さんのことまだ好きなんだろ」

 兄に恋人ができてほしい。

 爽太が私に近づいたのは、そんな理由だ。より厳密には、爽太はこの町を去るから、兄が一人ぼっちになって寂しくならないように、という目的だ。もう、そんな必要はなくなった。

 だが、根本のところは変わらないらしい。

「兄さんだってそうだよ。あかり、俺らのためにここまでしてくれたんだよ? だから、さ、もう、その、好きって言ってしまえよ」

 どこまでも兄思いだ。

 だが、当の颯は、下を向いていた。私とも、爽太とも視線を合わせない。

「……残念だけど、それはまだできない」

 二度目の拒絶。でも私は、落ち着いていた。別にこれでもいい。颯らしいから。

「どうして? 好きって言うの、そんなに恥ずい?」

 爽太の声が大きくなる。

「お前のこと、放っておくわけにはいかない」

「何だよ、それ、ふざけてる。俺のせいだなんて」

 拳を握り、声を震わせて、爽太は怒りをあらわにする。

「結局、兄さんは俺に縛られるんだな」

「違う」

「思いっきりそうじゃないか」

 爽太は颯のジャンパーを掴んだ。揺さぶるが、頑強な体の颯はぴくりともしない。

「気持ち誤魔化してるだろ。家ではあかりのこと、すっごく気にしていたのに。あかりの淹れるコーヒーが楽しみだ、とか、あいつが笑っているとほっとするとか、仕事が楽しそうとか、ずっと言ってきただろ」

 言いながら、爽太は颯のジャンパーを引っ張り続ける。

 ――そんなに、気にかけてくれていたんだ。

 颯のこれらの言葉は、三年前の事故で両親を失った私を気遣ってのことだ。でも、そうとわかっていても、嬉しい。

 年越しの大祓のときに期待した、颯の俺も好きという言葉よりも。

「そんなに俺が頼りないんかよ。子供だから構ってないと、自分のしたいことも我慢しないとダメってことかよ?」

 爽太は、颯のジャンパーから手を放した。力なく、その小さな剣ダコまみれの手を垂らす。

 声をかけないと、と私は思う。颯のことは、爽太には何ら責任のないことだ。こんなことで爽太が自分を責めるとしたら間違っている。

 だが爽太は、顔を上げた。その横顔を見て、慰めようとしていた私は声を失ってしまう。

 爽太が、歯を出して笑っていたから。

「わかったよ。それなら、頼りなくないとこ、見せつけたらいいんだろ」

 不敵に言ってのける爽太。

 この子は何を、言うつもりだ?

「来月の剣道大会、俺が優勝する。そうしたら、あかりに好きって伝えて、付き合えよ。兄さんなんかいなくても何とかできるってこと、わからせてやるから」

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