初詣の神社で小学生が叫ぶ 3

「それで? 兄さんのこと、どうして好きになっちゃったの? あかり」

 住宅街を一緒に歩きながら、爽太は尋ねてくる。懲りずに下の名前で呼んでくるけど、もう好きにしたらいい。

「どうしてって?」

「あんな恋人とか付き合いとか興味なさそうな兄さんだぞ。どうして告白しようとか思ったんだよ」

「その前に、他人に暴露したりしない?」

「秘密はゲンシュするから」

「信用できないね。さっきあんな大声出されたばっかりなのに」

「さっきのは、ほんと兄さんと距離を詰めようとしただけなんだよ。馬鹿にしようとしたわけじゃないんだ」

「それにしては、やけに楽しそうだったけど?」

「ううっ、なら、交換条件にする?」

 爽太が提案してくる。

「交換条件? どういうこと?」

「あかりが兄さんを好きな理由を言ってくれたら、兄さんが家であかりのことどう思っているかを教える。これならどう?」

 爽太は、私が颯に告白したことを知っていた。颯が家で私のことを話したからとしか思えない。振ってはきたけれど、何か別の気持ちが潜んでいて、爽太から手がかりが得られるのではないか。

 でも……

「知るの、ちょっと怖いな」

 やっぱり振られたばかりなのだ。

「心配しなくていいよ。大嫌い、なんてことはないから」

 それなら、聞いてもいいか。

「えっとね」

 私は歩きながら、考え込む。

「気がついたら、好きになったって感じかな。アルバイト先の隣に立派な神社があって、珍しいから立ち寄ったら颯先輩と出会って、神社のこと、いろいろ教えてくれた。しかも颯先輩、煉瓦珈琲にもよく来てくれて、私が淹れたコーヒーを飲んでくれるのが嬉しくて」

 おいしい、と言われるたびに、好きという気持ちが募っていった。

 ここまで優しくしてくれる人に会ったのは、私にとって初めてだ。

「そっか、やっぱコーヒーもからんでくるんだ。じゃあこっちも、教えるね」

 爽太は、私の目をしっかりと見つめてくる。

 友達と秘密を共有しようとしているような、それでいて話すのが楽しそうな顔だ。

 颯と顔立ちが似ているから、余計に親近感が湧いてくる。

「とってもいい感じだよ。あかりのこと好きだってのがバレバレなくらい」

「そう?」

「うん。兄さん、家でもあかりのことよく話すんだ。あかりの淹れるコーヒーがうまい、おかげでコーヒーが好きになった、ってね」

「それであの、大祓の後、颯先輩は何か言ってた?」

「告白の後のこと?」

「あの、さっき神社で爽太が言ってたこと、本当のこと? 後悔しかないって」

 神社で大声を出されたときのことが頭をよぎって、恥ずかしさが倍増しになる。

「……ちょっと、作り話しちゃった。てへっ」

 爽太は自分の頭を掻く。

「……だよね」

 マジで後悔しかないな、とか、あーできるならあのときに戻りてー、なんて言葉、颯には似合わなすぎる。

「でも、後悔してそうだったのはほんと。あの夜、寂しそうにしてたから。だからちょっと振られたからって、自信なくす必要ないよ」

 私は、ほっとした。

「だいいち、兄さんは剣道ばっかりやってきた体力バカなんだよ。それがあんな大人な雰囲気がする店にしょっちゅう通うなんて、あかりに気があるからとしか思えないよ」

「そうね」

 煉瓦珈琲で静かに読書する颯は、ただの体力バカには見えなかったけど。

「でさ、あかり、兄さんのことどれだけ知ってるの?」

 私が抱いた疑問を見抜いたように、爽太は尋ねてくる。

「どれだけって?」

「恋人にするんだろ。なら兄さんのこと、いろいろ知ってて当たり前だし」

「誕生日は、知ってる。十月十日。私、コーヒー豆を贈った」

 私なりにブレンドしたものだ。

「ああ、あれね。おいしそうに飲んでいたよ。俺にも牛乳入れて飲ませてくれたし。ほんとうまかった」

「そっか。よかった」

 つまらないものかもしれない、と不安だったから、嬉しい。

「で、他は?」

「もちろん、楠神社でお手伝いしていることとか、あと宮司の高須さんと一緒に、剣道クラブで子供たちに剣道を教えていること。爽太君も一緒に行っているんだよね」

「そうだよ」

 爽太のやけに速い足。強い握力。何よりも、皮が厚くなり、剣ダコまみれになった手の平。かなり、颯に鍛えられているのだろう。

 でも、私は後に続く言葉が見つからなかった。

「よくよく考えたら、これくらい、かな。子供たちに剣道を教えているところまでは見たことないし」

 ひょっとしたら、振った理由は忙しいからかもしれない。神社のことや、剣道クラブのことがあるから。

 だとしたら、迷惑だったかも。

「だったら、もっと兄さんのこと知ろうよ。それからどうするか考えないと」

 私の戸惑いをよそに、爽太は言う。

「どうやって?」

 へへ、と爽太は笑みを浮かべた。

「来るんだよ。俺が通う剣道クラブに、あかりが」

「えーーー!」

 ここは住宅街だというのに、私はつい大きな声を出してしまった。

「ダメだよ、そんなの! 邪魔になるだけだから」

 それこそ迷惑なだけだ。

「どうして? 見学だけだったら邪魔にならないよ。だって親とか、観覧席から稽古の様子見てるし。そこから見るだけならいいだろ」

「でも」

「それに、兄さんの竹刀振るところ、すごいんだぞ。見たいだろ」

 確かに、颯が剣道着に防具を着けて、竹刀を振る様子を見てみたいという気持ちはあるけれど。

「でも颯先輩は」

「俺が話つけとく。兄さん、俺の言うことだと何でも聞き入れるんだ。チョロイから」

「……ナマイキ」

「そんなこんだで、俺の家に到着!」

 私が決めきれないうちに、爽太が声を上げた。

 気がついたら、私は一軒の家の前にいた。つやのある黒瓦と白壁がきれいな、和風の家だ。同じく黒瓦の立派な門まである。昔の武家屋敷みたいだった。

「じゃああかり、今度煉瓦珈琲に行ったときに詳しい予定教えるから。今月の中旬、夕方あまり予定入れないようにしとけよ」

 爽太は言って、そそくさと私の元から駆け出した。ジャンパーの入った紙袋を揺らしながら門へと向かう。

「あの、ちょっと」

 私は呼び止めようとするが、爽太は止まらない。門を開けて、「じゃあね」と言い残すと、そのまま入ってしまった。

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