第13話 食い逃げ野郎

「ここが、俺のおすすめの蕎麦屋だ!」


 俺達がタイガに連れてこられたのは蕎麦屋だった。なんと、獣人達は獣系のお肉は食べないのだ。主に草食なんだそうな。


「いらっしゃい! あら? タイガじゃない! 帰ってきてたの?」


「あぁ。久しぶりに友達を連れてきたくてな」


「へぇ。もしかして、武闘大会出るの?」


「そうだ。コイツと一緒にな」


「楽しみ! 見てるから頑張ってね!」


「おう!」


 何やらいい雰囲気を醸し出していたお相手は兎の獣人。リアルバニーガール。服装はウエイトレスのそれだったが。


「タイガ、顔広いんだな?」


「そんな事ねぇよ。ここはよく来てたし、アイツは同い年だから。何かと接点があってな」


「ほぉーん」


 ニヤニヤしながら返事をすると少し顔を赤くした。なんだよ。やっぱりちょっと気があるんじゃないかぁ?


 でも、虎と兎だとなんだか兎が食われるようでちょっと不憫に思ってしまうな。


「おい! なんか変なこと考えてただろ?」


「えっ!? い、いやぁ?」


「ったく! ほら、何がいい?」


 メニューを差し出してくる。

 ここには天ぷらのせや、ヘルシーなサラダ蕎麦なんてものもある。


「うーん。天ざるにしようかな」


「私は温かい天ぷらの蕎麦にします」


「決まったな。おーい!」


 さっきの兎の店員さんを呼んだ。


「はいはい! 決まった?」


「おう。天ざると、温かい蕎麦に天ぷらのせ、後サラダ蕎麦な」


「はいよぉ!」


 奥にオーダーを伝えに行った。

 不思議に思っていたものを頼んだな。

 これってって思ってたヤツ。


「タイガが頼んだサラダ蕎麦って美味しいのか?」


「あぁ! ここのサラダ蕎麦は絶品なんだ!」


「ふぅーん」


 そう返事をしながら周りを見ていると、たしかにサラダ蕎麦を頼んでいる人が多い。

 ホントに人気なんだな。

 へぇ。あぁいう感じなんだ。


 周りの頼んでいる人のを見てどんな感じの蕎麦なのかを確認する。美味しそうっちゃおいしそう。もしかして、ベースのつゆも違うのかもしれないな。


 視界に変な動きをしている男を捉えた。

 俺と同じチーターの獣人だ。

 キョロキョロしてるな。


 なんだ?

 俺と同じように何頼んだらいいか分かんねぇのか?

 そういう感じじゃねぇな。

 食べ終わるところじゃねぇか?


 静かに様子を伺っていると。

 立ち上がったと思ったら静かに出て行った。

 店員の兎のお姉さんが一瞬見た。


「あっ! お客さん!?」


 呼び止めようとした瞬間。

 全速力で駆け出した。

 俺は咄嗟に席を立ち追いかける。


「ニイ!? どうしたの!?」


 店を出ると正面にはいない。

 右? 左だ!

 アイツ……自分がチーターだから他のやつは追いつけないと思ってるな?


 クラウチングスタートの体勢で、地面をぐっと踏み抜いてスタートをきる。

 グンッ! グンッ! と一歩走る事に速度が上がっていく。


 視界には奴を捉えている。

 大丈夫だ。まだ見失ってない。

 そして、自分が追いかけられていることをまだ気付いていない。


 なかなか早い。

 だが、もうすぐ……。


 急に奴が失速した。

 チーターだからな。

 距離の制約とタイムリミットがある。


 俺は、それを克服したんだ。

 鍛錬でな。


 逃げた奴が視界に迫る。

 コチラに気付いた。

 走り出すが、もう手遅れだぞ。


 ガッと腕を掴むとコチラを睨みつけてきた。


「離せよ! なんだよ!?」


 周りの人達が「なんだ?」と周りを囲む。

 何が起きているのか理解ができていない様子だ。


「離さねぇ。あんた、食い逃げしたろ? 一緒に行こう。兵に引き渡す」


「してねぇって! 何を証拠に!」


「俺はあの蕎麦屋にいたんだ。そこから後ろを追いかけてきたんだ。追いつかれたのが信じられないか? 今までは逃げきれたんだろうが、相手が悪かったな」


「何だってんだよ! クソッ!」


 地面に尻もちを着いて動かなくなった。

 最後の抵抗か? まぁ、無駄だけどな。

 ヒョイとそいつを持ち上げて肩に担ぎ歩いていく。


「なっ!? 離せ!」


「無理」


 無視して店に歩いていく。

 店の前には兵士が待ち構えていた。

 ビシッと敬礼をされた。


「ご協力感謝します! 食い逃げ犯が最近捕まえられなくて困っていたところだったんですよ。逃げ足が速くて……」


「いえいえ。俺がいたから良かった。コイツより速く走れるんで」


「それは凄い! もしかして、武闘大会に出られますか!?」


「はい」


「おぉ。応援させてもらいます! 頑張ってください!」


「ありがとうございます」


 そんな会話をしていたら、夕方近くなっていたことに気付いた。


「タイガ! このままじゃ、エントリーに遅れないか!?」


「おっと! やべぇ! ミッコ! また来るわ!」


 あの兎の子ミッコっていうんだ。ははっ。可愛い名前。


 そんな事を考えながらタイガの後を追う。

 闘技場の所で受付しているんだそうな。

 こんなギリギリにエントリーするやつなんて居ないだろうな。店じまいしてやしないかな。


 心配は的中した。

 もう受付の場所を撤去している所だった。


「すまん! 武闘大会にエントリーしたい!」


「はははっ。今からかい?」


 にこやかに笑っている白熊の人。

 ただ、少しの間考えるような素振りを見せ、しばし沈黙の時間が過ぎた。


「ま、良いでしょう」


 良かったぁ。

 これでエントリー出来なかったらヤバかった。

 いきなり任務失敗になる所だった。


「ありがとうございます!」


 礼を言ってタイガと共に書類に記入して提出する。


「はい。では、明日から頑張ってくださいね!」


 受付が終わってホッとした。


キュゥゥゥゥゥ


 あ、また。


「またヒメ────」


「あーー! 腹減ったな! 早くミッコちゃんの所に行って飯食おう!」


 タイガの発言は、何とか阻止して蕎麦屋に向かうのであった。

 あー。危なかった。またヒメノの機嫌が悪くなるところだった。


 明日からの武闘大会。

 楽しみだ。

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