第2話 静寂
皆が寝静まる夜更け、天理は大きなずだ袋を引きずり出てきた。相変わらず身体を血で染めて。
右手に持つ、荒い目の袋から染みる同じ色の染みは、何が詰まっているかを如実に語っている。
そして左手には握られた革張りのトランクを握っている。トランクの前には潰された「袋の中」達の紋が金で打たれている。三連の錠は、彼らにとってその中身がどれだけ大事なものだったかを教える。
袋の中達の事務所の前には一台の馬車が止まっていた。悪趣味な事務所の中とは違う、上品な、落ち着いた色合いの高級そうな馬車だ。
天理は荷台にずだ袋を放り入れ、馬車に乗り込む。
「…奴らから何が手に入った」
車内には一人の老紳士が居た。血みどろの天理に狼狽もせず、結果を聞く。
「周辺組織の何処がこの領地、魔物商売に利権を狙っているか。そして、俺を殺すための武器の試作品だ」
前者は予想通りだったのだろう。だが後者は、考えてもみなかったようで、老紳士は笑った。
「ハハハ、よりによって『首なし龍』を殺すための武器か!愚かな連中だ」
「いや、親父。そう一笑に伏す出来でもないようだ」
「ほぉ?それはどういうことだ」
「奴ら、普通は身体に彫って効果を発揮する墨を、適応量が少ないからか武器に彫っていた」
親父と呼ばれた老紳士は興味深そうに身を乗り出した。
「効果はどうだ」
「火を吹いたり、強化されていたり、身体に直接彫るより数段威力は下がるがなかなかいい出来だ」
「なるほど、それなら身体に墨があまり入れることが出来ない人々も魔物から身を守ることが出来るな。だが、惜しむらくはそんな技法がろくでもない連中の間にしか伝わっていないことか」
「直ぐにお前らにも伝わる。技術は後ろ暗いところから始まるものだ。だが、どれだけ研ぎ澄ました刃でも、この俺には届かない。この俺が登り詰める道の踏み台にすらならん」
親父は、少し哀しそうな顔をした。
「登り詰める道、ねぇ…それがお前の死ぬ方法なんだったな」
「そうだ。俺は頂点に届くまで死ねん。そういう運命だ。」
「お前とはもう四十年近くの付き合いだ。ずいぶんと死線を潜ったが、俺ももう歳を取った。お前の
「別れは突然にやってくる。そして必然に。お前にも、俺にも。そう悲しむことでもない。」
「こんな血生臭い仕事を裏でやってんだ。まともに死ねるとは思わん。だが、娘が気がかりだ。歳を取ってから出来た子。天からの恵みだと喜んだのに、あの娘にお前の存在を教えねばならんのか。この目を背けたくなる裏稼業に、あの娘を引きずり込まなければいけないのか」
「あの娘は今年で何歳になる?」
「十八になる。今年成人だ。魔物狩りをするんだって息巻いていたよ」
「腕はどうなんだ。一人で狩れるのか」
「俺の娘だぞ。俺に似て、刀をもたせりゃ師範だってタジタジだ。」
「ならいい。それにしても、もう十八か。お前も老いるわけだ…老いとは惨いものだ。どんな鋭い刃も、老いは朽ちさせてしまう」
「俺に言わせりゃぁ、老いることのできないお前の生き様の方が惨いもんだがな。どんな強く、賢い人も、お前の横には並び立ち行けない。一体、お前は何人見送ってきたんだ?」
「…さあな。もう忘れたさ。」
「…まぁいい。そろそろ着く。早くその血なまぐさい体を洗え。」
馬車は奇妙なほどに静かに、街を駆けていく。
静寂に染まる街に日の光が差し込み、徐々に静寂は失われつつあるのだった。
異世界侠客伝 神田 真 @wakana0624
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