異世界侠客伝

神田 真

第1話 暴風

「首なし龍…」

 元締めは、最期にそう言って動かなくなった。

 彼は亡骸を投げ棄てた。

 握られていた豪奢な剣がけたたましい音をたてる。彼は顔をしかめると、それを踏み折った。

 決して広いとはいえない部屋での一幕だった。

 床、壁、天井にまで及ぶ数々の傷は、その惨状がいかにして行われたか物語っている。

 折り重なるように床を埋める生き物だったものの上で、男は佇んでいた。

 見た目は中肉中背、歳は二十もいかないように見える優男。

 服が破けて脱げた上半身も、引き締まってはいるが、とてもこの折り重なる全員を素手でやってみせたとは考えられない。

 だが、そんな彼とそれらにはある共通点がある。

 身体を彩る刺青だ。

 いや、それすらも似通わない。

 彼のそれはあまりに大きすぎるのだ。他のものは手や背、頬、胸など、小さく、凝った意匠も施されていない、

 だが彼のそれは、背中には怒り暴れる龍。首は胸にまで及び、その凶悪な顎は血に濡れている。猛り狂う風が血を含み、空を赤く彩り、蒼い龍体を際立たせる。

 ズボンで隠れて見えないが、血風は両足深く及ぶのだろう。

 要所要所にアクセントの配色が施され、美しく匠に技を感じる。

 外れかかった扉の裏、人影が動く。

「死ねやァ!!天理!!」

壮年の男は仲間を殺された恨みか、斧を怒りをあらわにして斧を振り下ろした。

 彼はたった一歩踏みこむことで後ろも見ず斧を躱す。そして振り向き様、手刀で男の胸を貫いた。

 あまりに単純、そして容赦のない一撃。死ぬことも自覚せず、それは亡骸のひとつに加わった。

彼は腕を抜くと、滴る血を振るった。  

 顔にかかる髪をかき上げ、ズボンのポケットから煙草とライターを取り出した。

 なれた手付きでそれに火を付ける。

 深く吸い、紫煙を吐く。

 あまりに、日常。

 十数人を殺めて見せても、彼は何も変わらない。

 先程と変わったところといえば、身体の龍の目が爛々と光っているくらいか。

 そしてその龍は、首が切り落とされ

ている。

 だからこその通称、[首なし龍]

 この燭国最強の侠客。天理

 一度国を出ればそこでは魔物が跋扈する。そんな異世界で繰り広げられる仁義なき戦い。

 異世界侠客伝 ここに開幕。

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