見すぎだよ、荒牧くん

高見南純平

後ろの正面、荒牧くん

 荒牧くんが私のことをずっと見てくる。


 教室の隅の席にいる彼が、何故か一番遠い席の私をずっと見てくる。


 それに気がついたのは、クラス替えをして少し経ってから。


 休み時間になると、誰かから見られていた気がしたけど、ずっと気のせいだと思ってた。


 けど教室を見渡してみたら、荒牧くんが私の方をずっと見つめていた。

 最初は廊下の方でも見てるのかと思った。

 私の席の隣はすぐ廊下だから、窓とかドアをチェックしてるのかと。


 でも、何度か荒牧くんの方を見返すと、目があって仕方がない。


 真顔で仏さんみたいな顔で、私をじっと見てくる。


 やっぱりこれ、私をロックオンしてるよね。


 何でだろう。荒牧くんとは同じクラスになるの初めてだし、喋ったことは一切ない。


 もしかして、私の背中にでも何かついてる??

 ちゃんとシャツは自分で洗濯してるから、目立った汚れはない、はず。


 気になるのは、私が見返しても、全く目を逸らさないということだ。


 普通、じっと見てる人と目があったら、目をそらすよね。

 私は電車で爽やかな人を発見すると、無意識で目で追ってたりする。それでふいに目が会うと、恥ずかしくなって目線をきる。


 うーん、気になる。


 荒牧くんは何を思ってるんだろう。


 私は数日間悩んだ末、喋りかけることにした。


 一限が終わって休み時間になると、いつものように視線を感じた。


 席を立ち、他のクラスメイトを掻い潜りながら、ベランダ側の一番後ろの席にいる荒牧くんのもとにいく。


 歩きながら、自分の鼓動が激しくなっていることに気がつく。

 荒牧くんは堀が深く渋い感じで、少しだけ威圧感がある。

 それが余計にプレッシャーを感じるし、話がけずらい。


 私が近づいているにも関わらず、荒牧くんは視線を私に向けている。


 私が歩く方向に合わせて瞳を動かしており、これは間違いなく私を見てる。

 これは現行犯だ。


 私のことを興味ない人に「なんで私のこと見てたの?」なんて聞くの、生き恥すぎるもんね。


「あ、あの、荒牧くん」


 私は席に座ったまま首を上げる荒牧くんを見下ろす。

 っう、眼力凄い。


「??」


 彼は言葉を発することなく、少しだけ首を傾げた。


 何故、話しかけられたのかよく分かっていないようだ。


「違ってたらごめん、なんだけど、私のこと見てない?」


 言ってしまった。

 人生で一番、自意識の高い台詞を吐いてしまった。

 今まで男子の視線を感じることはあったけど、すぐに目が合うことはなかったから確証はなかった。


 荒牧くんはじっと私から目を離さずに、首だけ縦に振った。


 やっぱり、見てたんだ。

 じゃあ、どうして?


 ていうか、この人全然喋らないんだけど。


「ねぇ、私の顔に何かついてる?」


 毎日私の顔にゴミがついてることなんてない。荒牧くんに見られてる、って知ってから鏡でくまなくチェックしてるし。今も手鏡で確認してから来たんだもん。

 だから不正解だと分かっていながら、とりあえずそう質問してみた。


「……」


 またもや荒牧くんは声を発さず、今度は首を横に振った。


 もう、らちが明かないと思ったので、核心に迫る質問をした。


「あのさ、なんで私のこと見てるの?」


 私はYES、NOで答えられない質問をした。これなら喋ってくれるでしょ、きっと。

 荒牧くんの声はほとんど聞いたことない。点呼のときに、ササッと返事はしてるけど。


 観念したのか、荒牧くんはようやく重たい口を開いた。

 男子高校生の貫禄じゃないよ、荒牧くん。


 私は荒牧くんが言った理由に驚いた。

 すっとんきょうな内容ではなく、いたってシンプル。

 けど、そんなことを面と向かって言われるとは思わなかった。


城崎じょうざきさん、綺麗だから」


「っえ、き、綺麗??」


 わ、私はどぎまぎしてしまった。低く重みのある声で言われたので、よりドキッとしてしまった。


「それだけ。嫌ならやめるよ」


 淡白に言いながらも、彼は私とずっと視線を合わせていた。


「い、嫌ではないんだけど」


 そう、辞めてほしく言ったわけじゃない。ただ、気になったから聞いただけだった。


「そう。助かる」


 ガラス玉みたいにキラッとした純粋な瞳。荒牧くんは、ビュアなのかな。それとも、もの凄く動じないタイプなのか。


「じゃ、じゃあ」


 私は石みたいに固くなった体をなんとか動かしながら、自分の席へ戻っていく。

 たぶん、足と手が同時に出てたと思う。


 その間も、後ろから激しい視線を感じた。誰かから見られている、と確定したので、いつもよりもハッキリと圧を感じる。


 私の頭の中で、さっき荒牧くんが言った言葉がこだまし続ける。


 荒牧くんは達観した感じに見えて、私と同じ思春期真っ只中の少年だった。

 気になる人が見たら目で追っちゃう。

 彼が私と違うのは、照れたりせずにその人から決して目を離さないこと。

 それだけだったのだ。


 もっと特別で理解し難い理由でもあるのかと思っていたから、予想外過ぎてどういうリアクションをしたら分かんなかった。


 私は席につくと、出しっぱなしだった鏡に目をやる。


 荒牧くんの単純な感情と言葉は、私の顔を真っ赤にするには充分すぎた。


 この顔を誰かに見られていないか、私は気になって仕方がなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見すぎだよ、荒牧くん 高見南純平 @fangfangfanh0608

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説