筋肉談義に付き合わされる俺
山法師
筋肉談義に付き合わされる俺
「で、前に言ったでしょ? スポーツ選手はそのスポーツに特化した肉体を持ってるから、鍛えられてる筋肉にそれぞれ特徴があるって」
放課後、コーヒーチェーン店にて。
俺はいつものようにクラスメイトの中川ひまりに、筋肉の話を聞かされていた。
「水泳の選手って、泳ぐから足の筋肉が発達してると思うじゃない? けど、そんな単純な話じゃないんだよ。クロールだってバタフライだって背泳ぎだって、足だけじゃなくて腕、肩、全身の筋肉を使う。それでいてしなやかに泳ぐための体型を維持しないといけないから、ああいう流線型の、それでいて肩周りと足全体の筋肉が発達した体格になる」
「へえ」
「霧島くん聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「で、じゃ、話を戻すけど、いや、変えるけど。霧島くんはどこの筋肉が好き?」
「は」
思いがけない発言に、コーヒーを持とうとしていた俺の手が止まる。
「なに? 忘れちゃった? じゃあ言ってくよ? 主に知られている筋肉は、僧帽筋、三角筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋、大胸筋、広背筋──」
「分かった。悪かった。一旦それをやめてくれ」
俺が手で静止のポーズを取ると、中川は、ふぅん? といった顔で口を閉じた。
「……なあ、そもそもだけどさ」
「そもそも?」
「なんでお前は俺にこんな話をしてくんの?」
「君が学校内で唯一、私の筋肉談義に付き合ってくれたからだよ」
「……」
そうだったな。一週間前、図書館で人体についての図鑑を開きながらぶつぶつ言っていたこいつに、なにしてんだろ、と声をかけてしまったことが、俺の不幸の始まりだった。
「……そんなに筋肉が好きなら、筋肉が付いてるやつと話せよ。ほら、空手部の主将とか」
三年のあの人は、インターハイにも出場経験があるという、校内でも有名な人だった。
「だめ。筋肉は鑑賞するものなの。それなりの距離を取って、しっかりじっくり鑑賞するものなの。分かった?」
分からない。けど分からないと言うと、話がもっと面倒で複雑になる気がするので、言うのはやめた。
「……分かった。お前の思想は理解した」
「じゃあ、ここで提案なんだけど、霧島くん」
にこにこと笑ってくる中川。正直、聞きたくない。
「……なに」
「筋肉談義だけじゃなくて、鑑賞にも付き合ってくれないかな」
また笑顔で、話に聞く限りストーカーまがいの行動になるだろうそれに、俺を誘ってくる中川。
「……」
正直、断りたい。断りたいが、
「ね? 付き合ってくれるよね?」
「……。……分かった。けど、節度を保ってくれ」
「それは保証するよぉ」
ひらひらと手を振り、にこにこと答える中川。
「じゃあ、よろしくね。霧島くん」
手を出してくる中川。
「……よろしく」
その手に、俺の手が触れると、
「!」
「いやあもう! 本当に嬉しいなぁ!」
中川は俺の手をギュッと握り、ぶんぶんと振った。
「……」
俺が、単純馬鹿じゃなければ、こんなことにはならなかっただろう。
もしくは、
「これからが楽しみだなぁ!」
にこにこと笑う中川が、校内一の美少女でなかったら、こんなことにはならなかったかもしれない。……いや、俺は押しに弱いから、やっぱなってたかもしれない。
俺は、ここまでの後悔と、美少女に手を握られて笑顔を向けられているという事実と、その彼女と話している中身が筋肉についてということに、パニックにならないように努めて冷静さを保ちながら、まだにこにこしている中川を見つめた。
筋肉談義に付き合わされる俺 山法師 @yama_bou_shi
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