日常
第1報
2028年1月14日
ピピッ、という電子音が聞こえてきた。目は閉じたままだが、新しい1日が始まったのだと私は思った。
この音が目覚まし時計の音だと認識するのに少し時間がかかった。この時計を使い始めたのは確か4年以上前だというのに、いまだにこの音になれることはなかった。
電子音が断続ではなく連続してなり始めたころに、私は時計のスイッチを押した。
重い目を何とか開けて時計を見ると、ちょうど7時10分から11分になるところだった。
少し離れたところにある別のベッドを見ると、そこには誰もいなかった。そのベッドを使っている姉は、既に起きているようだ。
まだまだ眠気は健在だ。二度寝しようかと思ったが、そういえば(という表現が正しいかどうかはわからないけど)今日もいつもと同じように学校があるのだった。午前しか授業はないが、朝はいつも通りの時間に登校しなければならない。
私は何とか体を起こすと、あくびをしながらベッドから身を離した。
何とか眠気に打ち勝とうと、両手で軽くほっぺを叩くと、水色のパジャマからベッドの近くに無造作に置いてある制服に着替え始める。私は服を着替えてから色々とやるタイプだった。
いつものように手早く着替え部屋から出る。洗面所に向かったのちにリビングへと向かうと、味噌汁と卵焼きの匂いを感じた。私が起きるころには、朝食はもう出来上がっていることがほとんどだった。リビングには、すでに2人の人影があった。
「凛、おはよう」
「うん」
「うんじゃなくておはようだろ?」
「はいはい、おはよー」
挨拶をせかしてきた父に対して、やる気なさげに挨拶をする。その反応を見て、父は眉をひそめた。
お父さんに特に恨みとかはないのだが、中学生になったあたりからなんとなく父との仲は悪い。自分で言うのもなんだが、これも年頃だからだろう。割といつもこのような感じだし、父もそれ以上のことは言わなかった。
「おはよう、凛」
「おはようお姉ちゃん」
こっちにはしっかりと挨拶をする。お父さんは再び眉をひそめているが、これもいつものことだった。
「ごはんよそうね。今日は炊き込みご飯にしてみたから。夕飯の分まで作っといたから」
「お姉ちゃん、今日は遅いの?」
「んーまあね、今日は神奈川まで行くし。江の島の近くだね。いや、そんなに近くないかな……まあとにかく、そこらへんね」
「ふーん、あ、ありがとう」
鶏肉、人参、キノコなどが入った炊き込みご飯がよそわれた茶碗を受け取る。真横から茶碗を見て、ギリギリ見えないくらいに盛る量が私の普段食べる量だった。
姉はテレビ局に勤めるアナウンサーだった。現地で取材をすることもあれば、スタジオでニュースやらなんやらに出演したりしている。結構すごい人なのだ。まだアナウンサーになって1年もたっていないが、少しずつ活躍の場を増やしていた。
アナウンサーの試験に合格した時だとか、初めて番組に出た時だとかは跳ねるように喜び、3人で喜び合っていたのをよく覚えている。
姉とは部屋が同じだが、ことあるごとにアナウンサーについての話を聞くこともあった。大変なことやうれしかったことをよく話してくれた。
それとお父さんも結構すごい人らしいが、そっちはいまいちよくわからない。仕事の話はあまりしないし、お姉ちゃんと違ってこっちから聞かなければ向こうからも話さないのでずっとよくわからないままだ。これでも国家公務員なのだから、まあすごいんじゃないだろうか。
味噌汁は自分でよそい、食べる準備をすますと私は手を合わせる。
「いただきまーす」
「いただきます」
姉とともに食事を食べ始めた。父はすでに食事を終え、コーヒーを飲みながら新聞とテレビを交互に見ていた。
父はよく先に食べていることが多かった。大体の場合は私よりも早く家を出ていることが多いからだ。それだけでなく最近は泊まり込みで仕事に行っているときも多かった。そうでなくても早起きが身についているのか、休日でも私が先に起きる事はほぼなかった。
逆に姉は私に合わせて食べてくれることが多い。日が昇る前に家を出ることもあるが、それ以外の時は大抵私が起きてくるまで食べないで待っていてくれた。今日もそうだった。
姉の作った炊き込みご飯は、なかなかのものだった。NHKのニュースをBGMとしながら、食事を食べ進める。テレビでは起きたときはスポーツの話題を取り扱っていたが、今は気象情報を取り上げていた。
『今日の天気は全国的に曇りが多くなる見込みです。関東、中部の一部地域では雪や雨がふる予報で、特に関東平野部でもところによっては雪が降るでしょう。太平洋から……』
「雪か……ちゃんと着込んで行けよ」
「はーい」
父に対して適当に返事をする。しかし雪が降るということはしっかりと耳に入っていた。
せっかく雪が降るなら休校になって欲しいと思いつつも、雪が降るのは夜になってからということを聞いて心の中で落胆した。小さなころは雪が降ると聞けばすぐ喜んでいたが、今となっては寒いし、あまりうれしくない。が、大雪であれば休むことができるのでそれはうれしい。しかし、今日はそんなに降らないそうなので、やはり残念だ。
「そろそろ行くか……じゃあ、お父さん先に行くから。行ってきます」
新聞を読んでいた父はそれをたたむと、近くに置いていた仕事に使う革鞄を持ちそう言った。
「はーい」
「いってらっしゃい」
父はトタトタと玄関の方へと向かった。一瞬だけ目をそちらに向けたが、すぐに食べている食事とテレビの方へと意識を戻した。
「ご馳走様でしたー」
父が家を出ておよそ10分。姉より私の方が早く食べ終え、茶碗とお椀、箸を台所のシンクに持っていく。
「あ、さっきも言ったけど今日は遅くなるから、夕飯は残ったご飯と冷食か何かで食べといて」
「わかったー」
軽く手を洗ってタオルで拭きながら、そう返事をした。時計に目をやると、時刻は7時40分。そろそろ家を出る時間だ。
私は一度部屋に戻った。学生鞄の中身を見て忘れ物がないかを軽く確認すると、その鞄を持って家を出ようとした。通り道のリビングでは、姉が食事を終えたようで、炊飯器からお釜を取り出し、ラップをかけて冷蔵庫へと仕舞おうとしてた。
「いってらっしゃい」
「行ってきまーす」
歩きながら挨拶をして、玄関へと移動した。ローファーを履きながら手早くドアを開ける。途端に外の寒い空気が下から押し寄せる。家を出ると、暖房が効いていた中から一変して、氷点下の埼玉だった。
13階から見える浦和の街は、雲の合間から注がれる朝日によって輝きを見せていた。駅にはいくつもの列車が止まり、車が長い列を作り、そして浦和駅を中心にして多くの人々が行き来している。エレベーターで地上まで降りると、私はその中へと歩みを始める。
日常が、今日も始まった。
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お久しぶりの方はお久しぶりです。色々あって創作活動を休止していましたが、再開いたしました。今度こそちゃんと書ける……はずです。
東日本大震災から12年。様々な思いを胸に、作品を書ければなと思っております。
感想などあったらお気軽にどうぞ。
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