いつか起きるその時は

たかき

プロローグ

予報

本作品では地震、津波などの災害を描写しています。苦手な方はご注意ください。


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アスファルトを踏む足は、重しを付けられたかのように重かった。ここまで長い距離を歩いたのは今まで経験したことがなかった。

今日1日だけでも、ローファーがだいぶ摩耗したように感じた。実際に、昨日までは存在しなかった傷がいくつも付いていた。

私はただひたすらに夜道を歩いていた。周りには首都東京の街並みが広がっている。しかし私は、これが東京なのかという思いを隠すことはできなかった。

ビルの窓も、看板も、街灯も信号も、ほとんどが光を失い、闇が東京を支配していた。今まで見せたことのない姿に、私は恐怖を覚えていた。

歩道には満員電車の中なのではないかと思うほどの人だかりが、延々と続いていた。私はその人混みの中を進んでいた。人混みの一部になっていた、と言った方がいいかもしれない。とにかく私は多くの人々と共に、道を黙々と歩いていた。

全く非現実的な光景だった。少なくともこの日本で見ることはない、そんな光景だった。

ニュースの中でしか見ない、遠い国の景色が目の前にあり、そしてその一要素に私はなっていた。

夢の、悪夢のような光景。だが歩いている中でかすかな痛みを感じ、これが幻想であるという考えが否定される。

小さな段差に、一瞬足を取られた。普段であれば街明かりによって段差があることはわかるし、そもそも前まではこんな段差は存在しなかったのだろう。

だが東京の街は輝きを失っている。曇り空は月明りを遮り、車列から漏れる光だけがあたりを照らしていた。足元は暗く、もはや地面がアスファルトなのかも分からなかった。

いったい、私が何をしたというのか。何故こんな事態に陥っているのか。

……いや、違う。私が何かしたから、とかではない。どのようなことをしていたとしても、これに遭遇することは不可避だ。私が何をしたとしても、必然的に発生することだ。だが、それでも、このようなことを何か回避する方法があったのではないかと考えてしまう。

もしも、その時が訪れなければ。今日は家に帰り、録画していたお気に入りの番組を見る予定だった。日曜は家族で出かける予定だった。月曜はいつも通りの授業があり、よりにもよって苦手な教科である英語が1週間で最初の授業になることが、私を毎週憂鬱な気分にさせていた。

もし起きなければ、などと考えてしまうのは、起きてしまった今となっては意味の無いことなのだろうか。

何の前触れもなく、ポケットの携帯から警報音が鳴り響く。私の携帯だけではない。周りにいた人が持っている携帯からも、同じように不快で、甲高い音を鳴らし続けていた。

その音が鳴ると、瞬く間に辺りが騒がしくなった。悲鳴や泣き声も含まれていたかもしれない。

いつ聞いてもこの音になれることはできない。それどころか、以前はこれほどまで怖いものであると感じることはなかっただろう。

かつてないほどの恐怖の対象として、その音は人々を駆り立てた。

その場に伏せる人、平然を装う人、泣き声や叫び声をあげる人、人の列をかき分け、逃げることはできないというのに逃げる人。

間違いであってほしい。本当はそんなことは起きていないと言ってほしい。私だけでなく、周りにいる人達も、きっとそう思っているだろう。

そのような思いとは無関係に、自然は獰猛たる姿を人類へと見せつけた。

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