医療する筋肉

三屋城衣智子

医療する筋肉

 二〇XX年、医療の進歩は止まることを知らず。

 ついに人の優しさを使った地球にも優しい医療が新たに誕生した。




「先輩!」

「おお、なんだ後輩」


 ここは大学のキャンパスである。

 体育大学であるそこはスポーツ科学で人を支えたい人から、自分の肉体一つで生計を立てんとする人まで多種多様な若者で溢れていた。


 その中でも一際目を引く人物が、丁度授業を終え下宿しているアパートへと帰宅の途につこうとしている。

 名を武田つよし、と言った。

 彼を呼び止めたのはサークルの後輩である山田である。


「先輩もご帰宅なら、一緒したいのですがいいですか?」

「いいぞ! というかむしろ助かる。なにせこのていだからな」


 先輩であるつよしは言うと親指を立て自分へと向けた。

 見ると、その体は何から何までマッチョである。

 それもそんじょそこらのマッチョではない、例えるなら肉風船とでも言うべきか。

 大胸筋も上腕二頭筋も、大腿四頭筋も、何から何までムッキムキだ。

 多分4Lいやもうすでに10LなどかもしれないTシャツは筋肉の盛り上がりによりピチピチと横に引っ張られその繊維が息苦しそうである。


「筋肉育ては順調ですか?」


 キャンパスの外へと足を向けながら、おもむろに山田がきいた。


「おう! 勿論、微に入り細に入り適切な運動をしてはトリササミやプロテインを補給しているからな。最近きゅっきゅとなくようになって、なんとも可愛い盛りよ」

「いいなぁ、僕も育ててみようかな。登録して認可が降りれば任せてもらえるんでしょう?」

「きちんと運動を毎日のルーチンにしていたり、適切な食事、規則正しい生活を続けていればな。君なら大丈夫だろうから、育ててみるといいぞ! 仲間は大歓迎だ。可愛いぞー筋肉は」


 言うなりつよしは自分の筋肉である三角筋を撫でた。

 心なしか、筋肉も喜んでいるようである。


 その微笑ましい光景に山田も頬を緩ませながらアパートまで電車で帰った。

 そして玄関をつよしが開けようとしたそのときである。




「「「「「っぷはー! つよし、ありがとう。大事に育ててくれて嬉しかったよ」」」」」


 筋肉達が突然喋り、つよしから分離していく。

 ふよふよと浮かび上がる三角筋、上腕二頭筋、その他各部位の細々筋肉達。

 皆一斉に彼から離れると思い思い、つよしとの想い出を語りながら空へと向かって羽ばたいていった。

 もちろん羽などはない、心象だ。

 が、確かに重いだろうボディにしては軽々と、空へと浮上していったのである。


「……そうか、もう巣立ちか」

「元気に立身するといいですね」

「俺が立派に育てたのだ、きっとお役に立つ子であるはずだ」


 つよしと山田はそういうと、ぶかぶかどころかずり落ちたTシャツを拾い上げながら、開けた玄関の中へと入っていった。




 さて、筋肉はどこへいったのであろうか。

 つよしが育てていた彼ら、実は自律性の疑似生物である。

 もちろんきちんと国に認可を受けていて合法なのだが、手間を省くため必要な人をきちんと探知してそれぞれその場所へと向かうようにできている。

 実に合理的ともいえる、そしてなかなかに、人間臭さをも備えていた。


 本当に困っている人のところへ自分で行って補うようにプログラムされているのである。


 例えば三角筋ならその機能を事故により損傷したバイカーに今取り付かんとしているし、上腕二頭筋はその機能が衰え腕を使いづらくなったおばあちゃんと、今世間話中だ。


 今日も世界では、青い空に筋肉達が誰かを助けんと飛び立ち続けている。

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医療する筋肉 三屋城衣智子 @katsuji-ichiko

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