第15話

 ここにやってくる少し前に、アレサとオルテイジアはお互いに「ウィリアの愛を手に入れたい」という『愛情わがまま』を抱えて、命をかけて戦っていた。実は、エミリもあのときあの場にいて、巻き込まれないくらいに遠くから二人の戦いの行方を見ていた。

 あれは、ズルやチートなんて一切無い、お互いに全力を尽くした死闘だった。


 だからこそ……大好きな二人のうちのどちらかが死んでしまうかもしれないような状況でも、ウィリアはそれを黙って見届けていた。勝ったアレサはもちろん、負けたオルテイジアも、その結果を受け入れることが出来ていた。


 あれがもし……アレサが確実に勝つと分かっていた戦いだったら……? アレサが勝つまで、何十回も何百回も「やり直した結果」だったら……?

 そんなの、ズルすぎる。オルテイジアが、そんな結果を受け入れられたはずがない。

 今のアレサは、それを言っているのだ。


 エミリは今まで、自分の『時間跳躍タイム・リープ』の能力を誰にも言わなかった。それが誰かにバレてしまったときは、わざわざ時間を戻してやり直してでも、それを隠してきた。それは……彼女もとっくに気づいていたからだ。

 この能力は、ズルいチート

 独善的で一方的で、真剣な気持ちで立ち向かって来てくれる相手を侮辱する。真剣勝負に水を差して、台無しにするものだ。

「……」

 それがとっくに分かっていたエミリには、アレサの言っていることが、理解できてしまうのだった。



「エミリン」

 そこで、ずっと黙っていたウィリアが声をかける。

「私たちなら、きっとだいじょーぶだよー」

 それは適当な彼女らしく、これまでと同じように、何も考えていないような適当な言葉だ。

 もしかしたら、彼女はまだ状況を理解していないのかもしれない。もしかしたら、このままだと自分が死んでしまうことを理解できていないのかもしれない。

 こんな彼女なら、アレサの気持ちを変えてくれるかもしれない……諦めかけていたエミリの心に、そんなかすかな望みが浮かぶ。


 しかし……。


「私は、アレサちゃんを信じてる。アレサちゃんも、私のことを信じてくれてる。だから、最後までお互いのことを信じあっていられるから……どんな結果になっても私たちはだいじょーぶ、なんだよー」

「……ウィリア」

「私たちの気持ちは本気で、最強で、魔王にも負けない。私は、そう信じてる。誰になんて言われても……エミリンがどんな能力で、どんな未来を見てきたんだとしても。私たちは絶対に負けないって、そう信じてる。そう……信じたいんだ。アレサちゃんのこと。それに、アレサちゃんのことを大好きな自分のことを、最後まで信じ続けたいんだよ。だから……私たちは、だいじょーぶなんだよー!」

 適当な彼女は……その適当さゆえに、やはりアレサと同じくらいに強い気持ちだったのだ。



「そ、っか……」

 百回説得しても。

 自分の能力を伝えて、未来を教えても。

 二人の気持ちを変えることは出来なかった。

 それだけ、二人の気持ちは強かった。


 タイムリーパーの力をもってしても、そんな二人の強い想いの力には勝てないと、エミリは思い知らされた。

 それは、彼女が自分の敗北を認めた瞬間だった。



「私たち、魔王との戦いが終わったら……結婚するんだー」

「だからそれ……死亡フラグだってば……」

 今ならわかる。

 それは確かに、これから二人が死亡してしまう未来への、「振り」のようだ。しかし同時に……「たとえこの先に確定した死が待っているのだとしても、自分たちの信じる夢のために突き進む」という意思の現れなのだ。

 誰になんと言われても変わらない、強い想いの宣言なのだ。




 アレサが、帰還魔法リターンをかけるためにまた近づいてくる。

 エミリも、もう抵抗しない。


「あと……最後に、一つだけ」

 魔法をかけるために手を伸ばしてきたアレサが、少し照れるように言う。

「さっき私、貴女の記憶から『時間を戻す呪文』を消したって言ったけど……あれ、ウソよ。本当に私が消したのは……貴女が、『自分は時間を戻す呪文を覚えている』っていう記憶。だから、もしも本当に『時間を戻す』という能力に『呪文』のようなものが必要なのだとしたら……その記憶は、ちゃんと貴女の頭の中に残っているはず。過去の自分がしてきた行動を振り返ってみれば、きっとその『呪文』は、すぐにわかるはずよ」


「アレサ……」

「もしも、まだ貴女が納得できないなら……また時間を戻して、私たちのことを説得してくれても構わないわ。多分どれだけやったとしても、私たちの気持ちは絶対に変わらないと思うけどね」

「……」

 アレサの言った通り、エミリは転生の女神が決めた『時間を戻す呪文』や、そのときに行うべきポーズをすぐに思い出すことが出来た。


 しかし、

「……ううん」

 彼女はもう、それを使っても無駄だということが分かっていたので、小さく首を振るだけだった。

「じゃあね、エミリ……。心配してくれて、ありがとう。嬉しかったわ」



 そして、アレサとウィリアはかつての仲間の明日葉絵美梨に別れを告げ、改めて、魔王ラスボスのもとへと向かった。

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