第14話

「エミリ……私はやっと今、『本当の貴女』の言葉を聞けた気がするわ」

 感情を爆発させたエミリの言葉に、アレサは喜ばしい微笑みを浮かべる。

「だ、だったら……!」

 掴みかかるような勢いで、アレサをとどまらせようとするエミリ。そんな彼女に、アレサはゆっくりと首を横に振る。

 そして、今までのようにすぐに帰還魔法をかけたりせずに、自分も本心の言葉で応えた。



「確かに今の私たちが魔王に挑むのは、無謀なのかもしれない。勝てる確率なんて限りなく低くて…………というか、未来を見てきた貴女からしてみたら、このまま行っても確実に負けるって分かりきっていることなのかもしれない。でも……だからといって、勝てるまで何度でもやり直せるのだとしたら……それは、ただの『ズル』よね?」


「は……?」

 思いもよらないことに、エミリは一瞬あっけにとられる。しかし、すぐにそれに対して反論をしようとした。

「ズ、ズルで何が悪いの⁉ このままだったら、アレサたちは確実に死んじゃうんだよっ⁉ 死ぬくらいなら、ズルでもなんでも使って生き残ったほうが良いにきまってんじゃん! 勝てる方法が見つかるまで、何度だってやり直せばいいじゃん! だから、あたしは……」


 しかし、アレサはまた首を振る。

「確かに。貴女と、貴女の友だちの私たちのことだけを考えたら、その能力を使うことは何も間違っていないと思うわ。その能力があれば、何度でも今日をやり直して、貴女の味方が全員幸せになれる方法が見つけられる。みんなが幸せになれる選択肢を見つけられる。そんなことが出来る貴女の『時を戻す能力』は、とても素晴らしいものに思える。……でも、その『みんな』の中に入れなかった人たちは、どう思うかしら?」

「……え?」

「何度も今日を繰り返して、私たちが魔王に必ず勝てる方法を見つけるということは……逆に言えば、その方法を使うと、魔王は絶対に倒されてしまうということでしょう? それって、魔王の立場に立ってみたらものすごく不公平なことだわ。きっとそんなふうに倒されてしまった魔王は、私たちのことをすごく『ズルい』って思うわよ」

「だ、だから……それの、何がいけないのさ⁉ だ、だって魔王なんて、ただのモンスターじゃん! 自分勝手に暴れまわって、他の人のことを困らせてる悪いやつじゃん! そんなやつを倒すのに、『ズル』も何もないっていうか……そ、そんなやつ、倒されたほうが良いに決まってるっていうか……!」

「ふふ、確かにね……」

 アレサの微笑みが、エミリの言葉を遮る。


「魔王は、暴れまわって他人を困らせているわ。それによって大きな損害を受けた人や、亡くなった人もいる。種族も価値観も全然違う私たちには、あまりにも自分勝手で横暴な存在だと思える。いなくなってくれたほうがこの世のために思える。でも……それはあくまでも、私たちの意見。私たちの立場から見た、一方的な言い分よ。魔王の立場から見れば、それはきっと全然違うものになる」


 アレサはそこで、チラっと後ろを振り返ってウィリアの方を見た。

 そして、彼女がその視線にニッコリと微笑みを返してくれたこと――自分の気持ちが、今も変わらず彼女と通じ合っていること――を確認すると……自分もそれに笑顔を返して、また言葉を続けた。


「……ねえ、エミリ? 『魔王の横暴』と……『結婚したい』……そのために世界を平和にしたい、だから魔王を倒したい……そんなことを考えている私とウィリアは……なにか違うのかしらね?」


「は、はぁーっ⁉」

 エミリは顔を歪め、感情を込めて叫ぶ。

「全然違うでしょっ⁉ アレサが魔王を倒せば、世界が平和になってみんなが幸せになれる! でも、魔王は自分のことしか考えてないじゃん⁉」

「でも私だって、『世界が平和な状況』が自分にとって心地いい、ってだけよ? 世界を平和にすればウィリアと結婚できる、平和になると自分が嬉しい、それ以外の状況は嫌だ……っていう、ただの私のわがまま。究極的に突き詰めれば……私だって、私のことしか考えていないわ。もしもどこかに『世界が平和な状況が耐えられないほど苦痛』って考えている人がいたとしたら……その人にとっての私って、『最凶最悪の敵』ってことにならない? だったら……世界を征服しようとしている魔王も、世界を平和にしようとしている私たちも、同じような『わがまま』を抱えた対等な存在に思えるわ」


「な、なに、それ……」

「同じ『わがまま』を抱えた対等な存在の私たち……。でも、その『わがまま』の内容が正反対で、どっちか一つしか叶わないのだとしたら……それを決める方法は、なるべく公平フェアであって欲しいと思う。たとえ、その結果自分のほうが敗れてしまうのだとしても……。それがフェアな方法によって決められたことならば、納得も出来る。逆に、『絶対に負けないチートな方法』を使ってしまったら、たとえ勝負には勝てたとしても、私は素直に喜べないわ」


 それはあまりにも突拍子もなく、バカバカしく、非現実的な理想論だった。

 エミリには、アレサの言っていることがまるで理解出来なかった。

 理解出来ない……はずだった。

「……」

 しかし、彼女はなんとなく分かってしまった。


 今のアレサの切ない表情。

 自分に話しかけながらも、どこか遠くに向けられている視線。

 その意識が……少し前に彼女が戦ったオルテイジアに向けられているのだと、気づいてしまったから。


 彼女はきっと、「平和を願う気持ち」と「それを破壊する魔王」のことを、ウィリアを巡って衝突した「自分」と「オルテイジア」の関係に重ねているのだ……と。

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