第15話

 右目を取り戻した魔王はすっかり大人しくなり、もう暴れまわる様子もない。体を満たしていた闇属性エネルギーも、その根源は右目がないことによる負の感情から来ていたようだ。それがなくなった今は空気が抜けるように体が縮んでしまい、見上げるほどだった身長も人並みサイズまで縮んでいた。

 もはや魔王は完全に無力化された、ということなのだろう。


 それを見て、一同は帰り支度を始める。

「最後は、意外とあっさり終わっちゃったねぇー?」

「うむ……」

「でも、今まで魔王と対話した人間なんていませんでしたからね……。他に選択肢がなかったから、戦うしかなかっただけで……。対話さえ出来れば、物事は意外とシンプルなのかもしれませんよ……?」

「……ま、そうゆうもんなのかもねぇー」

「アレサさんなら、きっとやってくれると思っていました」

「うふふー。ラブアンドピースだねえー」


 そんな二位パーティに比べると、未だに勇者オルテイジアは憤慨している様子だ。

「か、返せぇーっ! 勇者が代々受け継いできた、健康アイテムをーっ!」

 だが……実はそれも、ほとんど演技ポーズのようなものだった。

 彼女だって、ここまできた時点で分かっている。


 自分たちが信じて全てを任せたアレサが……みごと『説得』を成功させた。

 魔王を「ただ倒す」のではなく、その望みを理解して、それと、自分たちの望みを共存させる道を見つけ出した。

 そんな偉大な功績のためなら、「激レア健康アイテム」ぐらい、手放すことなんてなんでもないことなのだから。



 しかし。

「……いいえ。まだ、何も終わっていないわ。……というか、ここからが本当に本当の、戦いの本番なのよ」

 すっかり気を緩めていた一同とは対照的に、アレサはまだ真剣な表情だった。


「確かに、これでもう魔王は暴れまわったりすることはなくなったかもしれない。でも、だからといって、これまで魔王やその配下のモンスターたちによって傷つけられてきた人たちが救われるわけじゃないわ。これまでにモンスターたちによって取り返しの付かない重傷を負ったり、大事な人の命を奪われてしまった人たちは、今更どんなことを言われても、それを許したりはしないでしょう。これから私たちは、そんな人たちとも話し合っていかなくてはいけない。魔王たちに、どんな償いをしてもらえば納得できるのか。人間と魔王たちが共存できる未来のためには、これから何をしていけばいいのか……それを、執念深く探っていかなくてはいけない。お互いが本当の意味でわかり合えるような日がくるには、まだまだ超えなければならない大きな壁が立ちはだかっているのよ。私たちが本当の意味で『最凶最悪の魔王』なんていう先入観を打ち倒して、誰もが納得のいく平和を手に入れるには……ここからが、一番大変なのよ」

「……アレサ」

 オルテイジアがつぶやく。

 さっきまでの演技も、今はもうやめている。


「それは……魔王を説得することなんかよりも遥かに高難度ハードモードで、ほとんど攻略不可能な冒険クエストじゃないのか?」

 厳しい表情で尋ねる。それに対してアレサは、

「ええ、そうね……」

 と、顔をこわばらせながら小さくうなづき、

「でも……みんなから愛される勇者様の協力があれば、成功する可能性はゼロじゃないんじゃないかしら?」

 と、すぐにからかうような微笑みになった。


「ふ……」

 かつて死闘を繰り広げた相手のそんなムチャぶりに、オルテイジアは同じような微笑みを返す。

 そして、彼女らしい勇敢で勇壮な勇気に満ち溢れた口調で、

「無論だ! この勇者の私にかかれば、どれだけ高難度なクエストでも楽々と攻略してみせるさ! あらゆる困難を乗り越えていく完璧なヒーロー……それが、勇者というものなのだからな!」

 と宣言するのだった。



「アレサさん!」

 続けて、付与術師イアンナも叫ぶ。

「ワタシたちも、そのクエストに協力します! 出来ることがあったら、何でも言って下さい!」


 彼女は特に深く考えずに、感情のままに声を出してしまったのだろう。

 ハッと我に返ってから、自分を見ているサムライ少女レナカの視線に気付き、顔面蒼白で謝罪した。

「あぁ! す、すいませんっ! リーダーのレナカさんを差し置いて、ワタシ、また勝手なことを……!」

 しかし、謝られたレナカはそんなイアンナを否定したりはしない。

「今のセリフは、私が言おうと思っていたこと、そのものです。……先に言われちゃいましたね?」

「うぅ……」

 レナカの温かい微笑みに、イアンナは言葉を失って、目頭を熱くさせた。


「ふふふ……」

 そんな彼女たちのやりとりを見て、アレサにも笑顔がこぼれる。

「イアンナ……もともと貴女はとても真面目で誠実で、変に隠し事なんてしなければ、誰からだって好かれる性格なのよ。そんな貴女なら……私たちのパーティを離れてもきっと上手くやれるって、私は信じてたわ」

「アレサ、さん……」

「むしろ……これから私たちが超えなければいけない数々の障壁に立ち向かうためには、貴女のような存在がきっと必要不可欠よ。悲しみと憎しみに支配された人たちの心を解かすことが出来るのは、貴女のように真面目に誠実に、ただその人と向き合うことだけなのだから。だから……貴女が私に協力してくれると言ってくれたこと……本当に頼もしいわ。ありがとう、イアンナ」

「は、はい……う、う、うぅぅぅ……」

 かつて、自分のことをクビにして、「自分勝手」だと告発したアレサ。

 そんな彼女から認められて、イアンナはついに泣き崩れてしまった。



 アレサは周囲を見回して、言葉を続ける。

「オルテイジア、イアンナ……それにもちろんエミリも。みんな、本当にありがとう。私は、貴女たちを勝手にパーティからクビにしてしまったのに……そんな私のことを信じてくれて……。私のことを、私よりも理解してくれた……。貴女たちがいてくれたから、私は、自分のわがままを貫くことができた。ただ『敵を倒して終わり』じゃない、本当の結末トゥルー・エンドにたどり着くことができたわ。ふふ……。貴女たちがこんなスゴイ人たちだったって気づけなかったなんて……。そんなスゴイ貴女たちを、クビにしてしまうなんて……。やっぱり私は『世界一愚かな賢者』で……パーティリーダー、失格だったわね」

 それは、謙遜や冗談ではない、アレサの心の底からの言葉だろう。


「えー? それは、違うっしょー?」

 そんなアレサに、転生者エミリが口を挟む。

「アレサがあたしたちをクビにしてなかったら、あたしたちはそもそも、こんな結末を思い描くことさえ出来なかったよー? あたしたちがスゴイことが出来たのだとしたら、それは、あんたがあたしたちをクビにしてくれたから。あたしたちに考える機会と、時間を与えてくれたから、だよー?」

「エミリ……本当に、ありがとう」



 そして、最後に……。

「アーレサちゃんっ!」

 後ろからハグするように、ウィリアが抱きついてくる。

「ウィ、ウィリア⁉」

 今の彼女は、アレサと頬と頬がくっつくくらいに接近している。

 思いもがけないそんな状態にドギマギして冷静さを失いかけたアレサが、それを誤魔化すように早口で、

「も、もしアレだったら、ここから先は、ウィリアは王女様として王国に帰ってもいいのよ⁉ これからは、きっと今までの冒険とは全然違う、泥臭くて大変なことばかりだと思うし⁉ も、もしかしたら、私が魔女なんて呼ばれてたときよりも、さらにひどいことを一般の人たちから言われてしまうかもしれないし⁉ 王女様のウィリアには、そんなツラい目に合う必要はないのだから……」

「アレサちゃん……分かってるでしょ?」

「え? …………ええ、そうね」


 アレサのことが大好きで、アレサからも深く愛されているという自覚があるウィリア。そんな彼女が、アレサを置いて王国に帰るわけがない。彼女は、これからも自分とずっと一緒にいてくれる。そんなことは、アレサにはよく分かっていた。言葉なんてなくても、お互いがお互いの考えていることは分かっていた。

 だから、アレサはすぐに無意味な言葉を止めて、ただただ、すぐ近くにある自分の想い人の可愛らしい顔を見つめるのだった。



 しかし……。

 そこでアレサは、心が通じ合っているはずのウィリアの口から、思ってもいなかった言葉を聞くことになった。


「っていうかさー。これって一応、『魔王を討伐した』って言ってもいいよね? だって、まだまだ問題は山積みなのかもしれないけど……もう、魔王自体は暴れまわったり人間を襲う理由がなくなったわけだもんね?」

「ま、まあ、ある意味ではそうかもしれないわね。でも、それが何か……?」

「つまり、この世界はアレサちゃんのお陰で結構平和になっちゃったわけでー……。アレサちゃんは他の人には簡単にできないすっごい功績・・を残しちゃったわけでー……」

「……え? え? え?」

 彼女が言いたいことがよく分からないアレサは、視線をキョロキョロと動かす。

 するとウィリアが、イタズラっ子っぽい表情で、

「だったらさー……もう、この機会にやっちゃえるんじゃない? 誰も文句なんて言えないんじゃない? 私たちの……結婚」

 なんて言ったりして……。


「え?」

 その言葉に、一瞬、目を点にするアレサ。


 しかしそれからすぐに彼女は、

「する! する! するわっ! するに決まってるわっ! そうね⁉ そうよね⁉ できるわよね⁉ やっちゃえるわよね⁉ そうよ! 絶対に! 今すぐにでも! 結婚……しまくりましょーっ⁉」

 と叫ぶのだった。

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