エピローグ
ゴールバーグ王国の城内にある、荘厳な大聖堂。国中に響き渡るような、立派な鐘が聞こえる。その音に驚いたのか、鐘楼で休んでいた白い鳥の大群が翼を広げて一斉に飛びたった。
それはまるで映画のワンシーンのような、とても画になる光景だった。
聖堂の中には、「その式」に駆けつけた、たくさんの参列者たちがいる。
アレサたちが「魔王を説得によって無力化した」という話は、またたく間に世界中に広まった。だが、魔王やモンスターによって傷つけられた人たちの感情の問題はまだ何も解決していないし、実はアレサの「魔女の噂」もまだ完全に払拭出来てはいない
それでも。
その「式」は、会場に入れずに城の外に集まっている者や、近くの教会で魔法による遠隔映像を見ている者も含めれば、その王国のほとんどの国民の関心を集めていた。
当然だろう。何しろそれは、その国の王女――ウィリア姫の「結婚式」だったのだから。
「アレサさんもウィリアさんも……とっても、きれいですね」
「ぅぅ……。
落ち着いた色合いのドレスのイアンナと、いつもの服装と似た黄色いノースリーブのチャイナドレス姿のスズ。二人は、参列者でいっぱいの大聖堂の座席からは少し離れた壁際にもたれかかりながら、純白ドレス姿のアレサとウィリアに憧れの視線を向けている。
「ふぅん。王女様の結婚式つっても、こんなもんかぁ? これだったら、うちのお
「あ、あの……ハル? 私の格好、変じゃないですか? じ、実は私、こういう式とか、初めてで……」
近くには、いつもとは別人のように上品な姿の魔導師ハルと、らしくもなくオドオドとしている爽やかな青いドレスのレナカ。
そして、
「うみゃあ、うみゃあ。里の森のエビフリャーぐらい、でらうみゃあでよ」
いつもどおりの不気味な呪術師衣装のまま、入口で引き出物として渡されたらしいお菓子にもう手を付けているダークエルフのミョルミョルもいる。
さらには……そんな一同のすぐ隣に、
「ふむ。確かに、なかなか悪くない味じゃなー。毒スライムの酢漬けのようで、酒が進みそうじゃー」
そんなことを言っている、今まで見たことのない真っ黒な肌の少女がいる。
「その姿」では初対面だったはずの彼女だが……慣れ慣れしくミョルミョルの食べている引き出物に手を出したり、ハルの完璧にセットされた髪にちょっかいを出したりしている。
そんな「彼女」には、
「いや、あんた……。人間のこと襲わなくなったのはいいんだけどさ……それにしたって、さすがにちょっと馴染み過ぎじゃね? っていうか、いつの間にか通訳いらないくらいに言葉も完璧になってるし……」
と、呆れているようだった。
「にゃはははー! この姿、なかなか
と、笑っている「紫の瞳をした黒い肌の少女」。大口を開けた拍子に「彼女」の口から闇魔法のエネルギー弾がこぼれだして、大聖堂の天井に丸い穴を開けてしまう。
「もーう……。あたしの五千回のループは何だったんだよー……」
そんなふうに苦笑いを浮かべるしかないエミリだった。
一方、聖堂の最前列の座席には、
「う、ううぅ……ウィリア姫……アレサなんかと……どうして……」
と、鼻水と涙を滝のように流しているオルテイジアだ。彼女は、自分の想い人のウィリアがアレサと結婚してしまうことに感情を露わにして号泣していた…………というわけではない。
「は、はあ、はあ……。で、でも……ウィリア姫が他人のものになってしまうというこの状況に、不思議と、興奮している自分もいる……。はあ、はあ……悔しいはずなのに……こ、この感情は、一体……?」
彼女は今の状況によって、正義の象徴である勇者にはあるまじき、新しい「邪な感情」に目覚めていただけのようだ。
オルテイジアがあまりにも気持ち悪く息を荒らげていたため、本当なら、この結婚にまだ納得していなくて一番怒ったり泣いたりしたかったはずのウィリアの父親のゴールバーグ国王が、ドン引きして冷静になってしまう始末だった。
……そして、もちろん。
黄金に輝く
「病めるときもー、健やかなるときもー、呪われちゃったときもー、石化しちゃったときもー。相手のことを、好き好き大好きでいることを、誓いますかあー?」
大司教ナンナの、気が抜けるような「誓いの言葉」に、アレサとウィリアはお互いに視線を合わせる。
それから、どちらからともなく自然と答えた。
「「誓います……」」
いつもに増して輝いているような金髪に、純白のドレス姿のウィリア。さらに、王女にふさわしい、気品のある高級な宝石やアクセサリーに飾られている。しかし、それらのどの装飾品よりもアレサにとって一番輝いて見えたのは、ウィリア自身だった。
それがアレサの、世界中の誰にも負けないウィリアに対する愛からくるものなのか。それとも、彼女とついに念願の結婚ができることに感動して、アレサの瞳に溜まっている大粒の涙が光を反射させているせいなのか……それは、分からない。
ただ、今のアレサにとってはその理由なんて、どうでもいいことだった。
「ウィリア……きれいよ」
いつもは冒険者らしくシンプルな装いのアレサも、今日ばかりは、王国お抱えの衣装係による化粧のおかげで、見違えるほどお淑やかな印象だ。長い赤髪は丁寧に編み込みされて、その玉の一つ一つが宝石のようでさえあった。
「アレサちゃんも……すっごい、素敵だよ」
ウィリアもうっとりと涙を浮かべて、向かい合うアレサを見つめている。
「ウィリア……」「アレサ、ちゃん……」
とっくに二人きりの世界に入っていたアレサたちには、式の進行を司っていたナンナの声も、もう、ほとんど届いていなかった。
ただ、お互いの気持ちに突き動かされるように……。
これからの、二人の新しい生活が待ちきれないとばかりに……。
とても自然に、お互いでお互いの薬指に指輪をはめ合い……そっと、二つの唇を近づけていった。
今まで、どれだけ強く願ってもできなかった行為を。
念願の、待望の、憧れのキスを……しようとした。
しかし、そのときだった。
フッ……。
突然、聖堂内が薄暗くなる。
まるで、停電によって室内のライトが落ちてしまったかのようだが、実際にはステンドグラスの窓を通して入ってきていた外からの光が失われたのだろう。
さっきまでは二人の結婚式を祝福するように雲ひとつ無く晴れていた空に、あっという間に暗雲が立ち込め、太陽をすっかり隠してしまう。そしてついには、雷鳴がとどろき、激しい雨が降り始めた。
突然の出来事に、聖堂内の参列者たちが軽いパニック状態になって騒ぎ出す。
王国の騎士や二位パーティのレナカたちが、先頭に立ってそんな民衆を落ち着かせている。
「う……。な、何か、すごく嫌な予感が……」
外から感じる強烈な魔力に、「何かただごとではないことが起こっている」のを感じずにはいられないアレサ。ただ、そんなことで、今まで散々「お預け」されてきたウィリアとのキスを中断することは出来ない。
「と、とりあえずウィリア……ヤルことをさっさと先にやってしまいましょう? せっかくここまで来たのだから……ね?」
と、焦りながら唇を近づけるのを再開する。
だが……。
「アァァァ……レェェェ……サァァァ……」
聖堂の外から、地獄の底から這い出てくるような憎悪に満ちた声が聞こえてきた。その声は、アレサの名前のように聞こえた。
「え……誰?」
「アレサちゃん、呼ばれてない?」
その声に呼び出されるように、アレサたちは大聖堂の外に出る。
すると、そこには……豪雨に打たれて黒い長髪をぐっしょりと濡らしている、ローブ姿の女の姿があった。
「あ、貴女はもしかして……メイ?」
ウィリアたちは初対面だったが、アレサには、その彼女に見覚えがあった。
「アレサのこと……信じてたのに……ずっと、待ってたのに……」
ブツブツと何かをつぶやいているメイ。
遅れてきた式の参列者とでも思っているらしいウィリアが、のんきな声で尋ねる。
「え、っとー……? アレサちゃんの、お友だち?」
「お、お友だち……というか。か、彼女は……昔、一緒に賢者のお師匠様のところで修行をした同期の仲間で……。私がそこを卒業しちゃったあとは特に連絡取ってなかったから、そこまで深い付き合いじゃない、というか……。ちょっとめんどくさい子だったから、当時から結構距離を取ってたというか……」
顔を引きつらせてウィリアに答えていたアレサの言葉を、その、メイと呼ばれた彼女が遮る。
「ウソつきっ!」
同時に、ピカッと稲妻が光る。クワッと顔を上げて、彼女はアレサをにらみつける。雨に打たれているので分かりづらかったが、充血してギラついていた両方の瞳からは、滝のような涙が流れていた。
「私たち、約束したじゃないっ⁉ お師匠様のところを卒業したら、二人で一緒のパーティになろうね、って! 一緒に冒険しようね、って! だから私、アレサのすぐあとに卒業して、ずっと待ってたのにっ! なのに、なのに……アレサは、そんなお姫様なんかとパーティ組んで……そのあげく、結婚しちゃうなんて!」
呪いをかけるかのような恐ろしい表情で、アレサに叫ぶメイ。
一方のアレサは、意味がわからない、という様子で口角をひきつらせている。
「え……? だ、だって……一緒のパーティになろうね、って……。私たち、賢者の修行してたのよね? 同じパーティに賢者が二人もいたら、おかしいでしょ……? そもそも、ウィリアのパーティになることは私、最初からみんなに言ってたし……。だ、だから私、貴女が冗談でも言ってたのかと思って……」
「うるさいうるさいうるさい! 許さないから! 私の純情を踏みにじったあなたを、絶対に許さないんだから! 私と一緒にならないあなたなんて、この世界ごと滅ぼしてやるっ!」
「いやいやいや……この世界ごと滅ぼす、とか……。そんな、ラスボスみたいな物騒なことを…………って⁉」
次の瞬間、メイが右手を天にかざす。
すると、彼女の周囲の地面がうごめき……その中から、無数の骸骨や動く死体などが現れた。
「アレサ……あなたが、全部悪いんだからね⁉ 私を裏切った、あなたが!」
さらに、今度は彼女が左手を胸のあたりにかざす。すると、その手のひらに無数の黒い闇属性のエネルギー弾が現れ……。
「ちょ、ちょっとメイっ⁉ そ、それって……⁉」
驚いているアレサの隣で、いつの間にかそばにいた「黒い肌の少女」が、楽しそうにケラケラと笑いながら言う。
「おおっ! 愚かな人間のくせに、あやつ、既に
「は、はあっ⁉」
顔をブザマに歪めるアレサ。
「何おかしなこと言ってるのよっ! 魔王は、あんたでしょっ⁉」
しかし、その「黒い少女」はあっさりと言う。
「何を言うかー? 『人間に害をなす、最も強い者』のことを、魔王と呼ぶのじゃろー? すでに
「そ、そんな……そんな……」
「この世界ごとアレサを消滅させて……それで、ようやく私たちは一つになれるの……。あの世で心と心が混ざり合って……完璧な恋人同士になれるのよ……。あは……あははは……」
完全に自分の世界に入り込んでいるメイは、左手に作った闇魔法の弾を放って、結婚式が行われていた大聖堂や周囲の建物を破壊し始めている。
「みなさん! 私たちの誘導に従って、避難してくださーいっ!」
イアンナをはじめとした二位パーティは、式の参列者や集まっていた一般市民の避難誘導をしている。
「……なるほど。つまり、あの新しい魔王をアレサよりも先に倒して世界の平和を手に入れれば、私がウィリア姫と結婚できる、ということか? ……うむ、いいだろう」
勇者オルテイジアは、勝手に自分に都合のいいシナリオを描いて、ピンク色の剣にオーラをためている。
「アレサー? いくら、本命のウィリアのガードが硬いからって、他に都合のいい子をキープしてたとか……ちょっとヒドくなーい? 見損なったよー?」
ふざけて、アレサをからかっているエミリ。
その言葉を信じてしまったのか、ウィリアも……。
「……ふーん。あの子、アレサちゃんのモトカノってことー? アレサちゃん、いつも『私のこと一筋!』みたいなこと言ってたくせに……そういう人はいたんだー? ちょっと、ショックだなー」
なんて言って、アレサに軽蔑の視線を向けている。
「ち、違うのよウィリアっ! あれは、あのメイが勝手に言ってるだけで……。ちょ、ちょっとエミリ⁉ 変なこと言って、ウィリアを勘違いさせないでっ! あと、オルテイジア! 勝手におかしなルール決めてるんじゃないわよっ! ああ、もおう! イアンナもちょっとこっち来て、みんなを説得してよーっ!」
事態がとんでもないことになってしまって、混乱気味のアレサが叫んでいる。
そして、結局……。
「あの魔王を倒して、ウィリア姫と結婚するのは私だーっ!」
「あ! ちょ、ちょっと待ちなさいってば!」
メイに向かっていってしまったオルテイジアを、アレサが追いかける。
「やれやれ……。ほーんと、アレサの近くにいると退屈しないねー?」
「え、あ、あの……? さっき誰か、ワタシのこと呼びました?」
ギター片手にアレサについていくエミリと、状況がよく分からないままその後を追うイアンナ。
「……まったく」
とっくに軽蔑の表情を崩していたウィリアは、そんな四人の背中を呆れた様子で見ていたが……。
突然、エレガントなウェディングドレスのスソをビリビリっと破いてしまって、動きやすくしてから、
「とりあえず、
と言って、アレサたちのあとを追いかける。
最後には……。
「えーっ⁉ ようやくここまできたと思ったのに、また『おあずけ』って……どうしてこうなっちゃうのよーっ⁉」
かつてのパーティメンバーの四人と並んで走りながら、豪雨や雷鳴をかき消すほどの絶叫をあげてしまう、アレサなのだった。
ラスボス間近でパーティメンバーがっつりクビにしたら実はみんなすごいスキル持ちだったけど……それはそれとして、私たち結婚します! 紙月三角 @kamitsuki_san
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