第13話

『だ、「大事なもの」⁉ そ、それは、何⁉ 貴方が人間を襲うのは、その「大事なもの」を奪われたことの復讐ということ⁉』

『……』

 進展が現れた魔王の言葉に必死で食らいつくように、アレサも言葉を重ねる。


『私たちは、貴方から何を奪ってしまったの⁉ 大事な宝物? 貴方の故郷? それとも、家族の命……? た、確かに私たち人間は、貴方たちモンスターを自分たちに敵対する魔物として、これまでヒドイことしてきたのかもしれないわ。まだモンスターがこちらに気づいていない、逃げれば済むような状況でも、「先制攻撃」なんて言って、むやみな殺戮を繰り返してきていたわ。も、もしも、もしもその中に、貴方の家族や大事な存在がいたのだとしたら……それは、貴方が私たちを恨む理由になる、でしょう。で、でも、それはモンスターたちも、これまでの歴史の中でこちら、を、襲ってきていたから、仕方のないことでもあったのよ⁉ この問題は、か、簡単に、解決できる、ようなことではないとは思う、けれど……で、でも、話し合う余地はあると思うのよ! す、すぐにお互いが納得できるような結論を出すことなんてできないけど……で、できないと、思うけれど……す、少しずつ、何年も何十年も、話し合って、歩み寄っていければ……き、きっと、いつかは……!』


 だいぶエキサイト気味で、早口になってしまうアレサ。通訳のエミリも、そんな彼女に必死についていくが、その言葉はかなり混乱しているようだ。


 そんな必死な彼女たちの様子に、「ク……」と一瞬微笑むように口の端をあげてから……魔王は言った。

『違う。それはもっと、単純な物だ』

『単純な、物……?』



 それから魔王は、自分の右目――赤と紫のオッドアイのうち、赤の方――に自分の指を突っ込み、それを取り出してしまった。

「なっ⁉ いきなり何をっ⁉」

 魔王との会話ではなく、自分の感情をそのまま口にするアレサ。エミリも、驚きすぎて通訳を忘れる。

 しかし、魔王はこんなことは痛くもかゆくもないらしく、その取り出した「宝石のような赤い瞳」を、アレサたちの方へと放り投げた。


 カランカラン。


「……あれ?」

 その「赤い瞳」を拾うアレサ。するとそれは「宝石のような赤い瞳」ではなく……実際に、「赤い宝石」だということが分かった。

「こ、これって……?」


『それは、ただの飾りだ。私の本当の右目は……かつて、お前たち人間によって奪われてしまった。……私には分かる。それはまだ、この世界のどこかにある。今でも確かに私の体の一部であるそれが……人間たちに傷つけられ、そのたびに、私の体に激痛が走るからだ。熱せられたり、突き刺すような痛みに、常に苦しめられているからだ。百年の封印から目覚めたのも、これまで暴れ回ってきたのも、その苦痛に耐えられなかったから。その苦痛から解放されるために、右目を探しているからなのだ』

『それが……貴方が人間を憎む理由……。人間を襲ってきた、理由……』


 初めて魔王の本当の心に近づけたことに、アレサの体を鳥肌が走る。


 奪われた右目を取り戻したい。

 それが、魔王が人類を攻撃する理由……魔王の「望みわがまま」だった。ついにアレサたちは、それを聞き出すことに成功したのだった。


 それは、この世界にとって革命的な出来事だった。

 アレサの心中には大きな感動――きっとそれは我々の世界で言うところの、人類が初めて月面に降り立ったときと同じくらいの感動――が、湧き出していたことだろう。


 だが……まだ問題は何も解決していない。むしろ、ここからが大変なのだ。ここから先はもう、一度たりとも選択を間違えることは許されない。

 「魔王を説得する」という、「ただ倒す」よりも遥かに難しいラスボス戦に挑戦していたアレサは、震えるほどの緊張感を胸に次の言葉を投げた。


『わ、分かったわ! 私が、約束する! 私たち人間が貴方から奪ってしまった右目は、私が必ず見つけ出して貴方に返すわ! だから、貴方は人間を襲うのを止めて……』

 しかし……。


『無理、だな』

 魔王は、左目だけの冷たい視線をアレサに向けた。

『私が、お前たちのことを何も知らないとでも思っているのか? 百年近く封印され、眠らされる前から……その封印が解けて目覚めた今にいたっても……。お前たちは、何も変わっていない。相変わらず人間同士で対立し、騙し合い、敵対しあっている。我々魔族など、無数に存在するお前たちの敵対派閥のうちの、たった一つのようなものだろう? 当然、ここにいるお前たちだって争い合う派閥のどれかに属していて、他の派閥と敵対している。そんなふうにいつまでも醜く対立し合っているお前たちが、世界中のどこかにあるたった一つの小さな「紫の瞳」を見つけるなんて、不可能だ』

『そ、そんなことはないわ!』

 アレサは必死にそれに返す。


『確かに、この世界中に存在する無数の国や自治区から、たった一つの小さな「紫の瞳」を探すのは、簡単なことではないでしょう! やろうとしても、すぐにはできないかもしれない。この世界には、私たちと敵対して今この瞬間も争いあっている国や、鎖国して立ち入ることができない地域も存在するし……きっと私一人では、無理だと思うわ! で、でも、私の仲間たちやその子孫にも引き継いで対話を続けていけば、いつかはそんな国や地域ともまともなやり取りが出来るようになる! そうすれば、貴方の「眼」だってきっと……!』

『それを、私が待たなければいけない理由が、どこにある? 世界を征服し、人間たちを片っ端から滅ぼして探したほうが、てっとり早いだろう?』

「そ、そんな……」

『やれやれ、だな……。私の言葉を覚えるなんて「おかしなこと」をしたお前たちなら……もしかしたら、何か思いもよらないような事が起こせるのではないかと、ガラにもなく期待してしまったのだが……所詮は、愚かな人間だったか……』

 明らかな失望の表情で、魔王が小さく首を振った。



 交渉決裂。


 アレサの頭の中に、そんな言葉が浮かぶ。

「ぅ……」

「……」

 絶句してしまったアレサに、通訳のエミリも焦っている。だが、もう彼女にもどうすることも出来なかった。


 それから魔王は、その大きな右手を振りかぶり、攻撃のモーションをとった。


 すでに覚悟を決めていたニ位パーティやオルテイジアは、それに対抗して武器を取って反撃の構えをとる……ことはしない。

 彼女たちが決めていた覚悟は、「最後までアレサを信じる」ということだ。だから、もはやアレサの『説得』以外の戦闘上の選択肢コマンドなんて、存在しなかったのだ。



 そして……。


『これで最後なので教えてやるが……お前たちは、強かった。戦闘力でも、それ以外でも。私が今まで戦ってきたどんな冒険者よりも……かつて私を封印し、私の右目を奪った者たちよりも、遥かに強く、この私を苦戦させる存在だった。そのことは、誇りに思うがいい』

 と、アレサたちを褒めるようなことをつぶやいてから、振りかぶった右手を振り下ろした。

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