第12話

 例えば。


 旅の途中で襲いかかってきた敵パーティのうち、戦闘員として使えそうな相手――あるいはレアなアイテムやクラスを持ったキャラクター――を、自パーティに勧誘する……という話は、たまにある。

 または、ダンジョン攻略中に出会った野良モンスターを、ある程度弱らせた上で服従させて自分の支配下に置くことが出来る、調教師テイマーというクラスも存在する。


 だがそれらが対象にするのは、普通は、比較的組織内の責任が低いザコ敵だけ。

 役職についていて、ダンジョンや手下モンスターの管理を任されている中間管理職中ボス以上の相手には、「勧誘」や「説得」なんて通用しないというのが、冒険者内の常識だ。

 まして、最凶最悪の魔王ラスボスに対して「説得」を行うなんて、前代未聞だろう。そんなことは結果が分かりきっていて、今まで誰も試そうとしなかった。その可能性を、考えることさえなかったはずだ。


 しかし、だからこそ。『世界一愚かな賢者』と、それを信じる仲間たちのラスボス戦としては、それは一番「らしい」と言えるものだったのだ。




『魔王、おまたせ! 今から、あんたとの戦いの本番……あたしらのボスが、あんたとお話し、するからね!』

 エミリはさっきのように、カタコトの魔王語を駆使して魔王に語りかける。

 彼女の足は、魔王に対する恐怖でやはりまだ震えている。しかしアレサを信じていた彼女は、アレサと魔王の通訳という自分の役割を全うするために、その恐怖をこらえていた。もちろんアレサも、そんな彼女を信頼していたので、いちいちそれを気にしない。


 そして……ついに、アレサたちによる「本気のラスボス戦」が始まったのだった。




『魔王……貴方の、望みを聞かせてほしい。貴方は、どうして人間たちを襲っているの?』

『バカな……たかが人間が、私の言葉を……?』

 いまだに事態を飲み込めていない様子の魔王は、戸惑っている様子だ。アレサはそんな魔王に、慎重に言葉を続ける――もちろん、二人の間には本当は通訳のエミリがいる。


『私たちは、貴方のことを理解したい。人種やモンスターの壁を超えて、分かり合いたい。……その実現のために、私の尊敬できる仲間たちが協力して、貴方の言葉を覚えてくれたのよ』

『こんなこと、ありえない……信じられない』

『……そうね』


 そこでアレサは、「ふふ」と微笑む。

 エミリには、言葉ではないそれを通訳することはできなかった。しかし、そんなことをしなくても、その意味は魔王には伝わっただろう。


『魔王……今の貴方はすごく驚いていて、落ち着かないかもしれない。興奮しているかもしれない。でも、そのうち分かると思うわ。その落ち着かなさは……嬉しい気持ちからくるものだってことに』

『嬉しい……だと?』

『ええ』

 アレサは優しい表情でうなづく。


『自分以外の誰かが自分のことを考えてくれる。自分のことを理解してくれて、自分の望むことを想像して、行動してくれる。それは、とても嬉しいことなのよ。……私はついさっきも、それを自分の身を持って実感したわ』

 そう言って、アレサはかつての仲間たちに視線を送る。イアンナ、オルテイジア、エミリが、照れるような顔になる。

 アレサはそれに笑顔を返して、また魔王に向き直った。


『魔王……種族も、見た目も、私たちと何もかも違う貴方だけど……でも、今日の中で貴方が見せてくれた「様々な感情」は、私にも十分に理解できるものだった。私たちの心の芯の部分には、重なり合う部分が存在していると確信できた。……そんな貴方なら、きっと私の言っていることが分かるはずよ!』

「グ、グゥゥ……」

 そこで今度は魔王のほうが、通訳できない声をあげた。だがやはりそれも、面と向かって話しているアレサには問題にならなかった。

 今の魔王にはちゃんと自分の言葉が伝わっていて、それについて考え始めている。

 そのうめき声は、そういう意味だ。



 既に、オルテイジアも二位パーティの面々も、武器を手放してしまっている。イアンナの付与術も全て解除されているし、僧侶のナンナは、さっきミョルミョルの呪術によって動かせなくなっていた魔王の右手を、治療してしまった。

 もしもここで魔王が、これまで何度かやっていたような、大きな手を横に薙ぎ払うような攻撃をしたなら……一瞬でアレサ側陣営を全滅させることだってできそうだ。


 しかし、そんなことを心配している者は、その場には一人もいなかった。


 それは、既にこの戦いがそんな局面を通り過ぎてしまっているから。ラスボス戦のルールは変わってしまい、今はアレサと魔王が一対一で「本気の勝負」を繰り広げている真っ最中だったのだから。


『……』

 そして。

 そんな真剣な戦いの中で、さすがの『最凶最悪』な魔王も「本気」を出すことにしたのだろう。


『……無理だ。お前たちとは、分かりあえない。私から、「大事な物」を奪ったお前たちには……』

「⁉」

 それまでずっと戸惑ってばかりだった魔王の言葉に、変化が現れたのだった。

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