第11話

「あ、あの……!」

 二人の会話が途切れる瞬間を待っていたらしく、今度は付与術師イアンナが語りかける。


「これは……ワタシたちがみんなで考えた……『ただ戦う』よりもずっと『アレサさんらしいやり方』……です。でも……それと同時に、ワタシたちが今出来る、一番『良いやり方』でもあると思うんです!」

 いつの間にか、いつもの彼女の「自信なさそうな吃音どもり」は消えている。まだまだ声は小さく、ところどころ止まってしまうところはあるが……今の彼女のセリフには、心の底から湧いてくる強い意思のようなものが感じられた。


「これまでの歴史の中で、過去の勇者が魔王を何度倒しても、必ずそのうち、新しく別の魔王が現れてきました……。一時的に封印しても復活しちゃって、また、今みたいに暴れ回っています……。だから……だから……たとえ今回ワタシたちが魔王を倒すことが出来ても、それって結局、これまでと同じだと思うんです。またいつか、前よりも強い『最凶最悪の魔王』が現れるだけだと思うんです。……それじゃあ、いつまでたっても状況は変わりません! この世界は、力が支配する弱肉強食の世界のままです!」

「イアンナ……」

「だけど……もし……もしも魔王と意思疎通が出来て……魔王を説得することができたなら……。モンスターたちの頂点に立っている魔王を味方につけて……これ以上ワタシたちを襲わないと約束してもらえたら……。この世界を、根本から変えることが出来るかもしれない……この『作戦』には、そんな希望があると思うんです! だから……だからワタシたちは、ここに来たんです!」

「貴女……」

 アレサの頭の中に、ラムルディーアで出会った少女のことがよぎる。


 自分たちは、彼女の両親を守ることが出来なかった。その償いとして、勇者オルテイジアによる金銭的な面での救いはあったが……それでも、彼女の精神にはまだまだ深い傷があるはずだ。

 そんな彼女の悲劇を生んだこの世界の問題――アレサでも、見て見ぬ振りをすることしか出来なかった、そんな「弱肉強食の世界」に向き合い、その解決の糸口を掴みかけているイアンナ。


 今のアレサの前にいたのは、かつての「秘密主義で自分を守ることにいっぱいいっぱいだった彼女」ではない。

 アレサにクビにされたことで……そして、新たな信頼できる仲間と出会ったことで、イアンナは、大きく成長していたようだった。




「魔王を説得するのは……アレサ、お前の役目だ」

「オルテイジア……」

 かつてウィリアをかけて戦った相手……オルテイジアが、アレサの心をさらに後押しする。


「悔しいが……魔王を倒すことしか考えてこなかった勇者の私には、それは出来ないだろう。それに他のやつだって、多かれ少なかれ同じだ。誰もが自分や、自分の愛する人のことは考えても……自分と敵対する相手のことなんて、考えてこなかった。自分の敵なんて、ただ倒すだけの『怪物モンスター』としか思ってこなかった。でもアレサ……お前はそうじゃなかった。自分と敵対する相手さえも尊重し、その敵の立場に立ってものを考えられるお前なら……。きっと、魔王の気持ちを一番分かってやれるはずだ。もしも本当に、魔王を説得出来る可能性があるとしたら……それはアレサ、お前以外にはいないだろう」

「貴女が、そんなことを思ってくれていたなんて……」


 かつての恋敵が、今では誰よりも自分のことを理解してくれている。そのことに、アレサは感動の涙をこぼしそうになる。

 しかし、そこで……。


「それに、アレサは三百年近く生きて世界を騙し続けていた魔女なんだったよな? 魔王とは、友だちみたいなものだろう?」

「はぁ⁉ まだその設定生きてたのっ⁉」

「お前は魔女として、友だちの魔王と仲良くなる。私は勇者として、ウィリア姫と仲良くなる。これで全てが丸く収まって、めでたしめでたし……」

「めでたくないわよ! ドサクサにまぎれて、雑なシナリオ持ってくるんじゃないわよ!」

 相変わらず、ウィリアのことをちっとも諦めていないらしいオルテイジアに、ツッコむアレサ。それは、かつて命を掛けて戦った者同士というよりは、仲のいい友人という雰囲気だ。

 しかし、逆に言うならば……。

 お互いに命を掛けて戦った者同士だからこそ、今の二人にはわだかまりも遠慮もなくなって、そんな関係になれたのだろう。




「アレサちゃん!」

「ウィリア……」

「きっと、大丈夫だよー」

 いつも通り、何も考えずに喋っているらしいウィリアが……いつも通りの、適当な言葉をかける。

「アレサちゃんなら、なんとかなるなるー」

「……」

 そんな適当さに……アレサの心は温かい気持ちに包まれる。


 彼女の笑顔を守ることを生きる目的にしてきたアレサにとって、「ウィリアの適当さ」を見ることは、最大の喜びだった。

 彼女が適当でいられること。自分の前で、何も考えずに適当に笑っていられること。

 それは、自分がやってきたことが正しかったと認められていることに等しい。これから自分がやろうとしていることを、彼女が応援してくれていることに等しい。

 彼女が、自分を全肯定してくれていることに等しい。



「ありがとう、みんな……」

 自分を支えてくれる全ての仲間たちに、深い感謝の気持ちを感じるアレサ。


 その気持ちに応えるように……やがて彼女は覚悟を決めて、魔王に対峙した。

「いいわ……分かったわよ。みんながそこまで言ってくれるのなら……やってやろうじゃないの! この私が……『世界一愚かな賢者』の、このアレサ・ウィンスレッドが、魔王でもなんでも説得してみせるわよ! 貴女たちが私のことを理解して、与えてくれたこのチャンスを無駄にしないで……一番私らしい、私にしかできないラスボス戦で、この世界を平和にしてあげるわよっ!」

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