第2話

 ウゴォォォォ……。


 魔王の声とともに、その足元の床がうごめく。洞窟の岩肌を踏み固めて作っただけのような魔王城の床に穴があき、まるで土から植物の芽が生えるように、無数の骸骨や腐敗した死体……アンデッドモンスターが現れたのだ。


 それはきっと、今まで魔王に戦いを挑んで破れた冒険者たちだろう。もはや生前の姿は分からないが、辛うじて残っているその装備品だけを見ても、老若男女様々な者たちがいたことが想像できる。

 当然、その装備の中には特別な能力を持った高性能なレアアイテムも多くある。なにより、魔王のところまでやってこれたほどの生前の実力が、そのモンスターの強さにも反映されているはずだ。

 つまり、これまで出会ってきたザコモンスターより遥かに強敵ということだ。


「くっ……」

「むぅぅー」

 『光の力』を使える勇者オルテイジアが一緒にいたなら、アンデッドは恐れるに足らない相手だっただろう。だが、ただの賢者とおてんば王女にすぎないアレサとウィリアにとっては、それはかなりの強敵だ。

 少なくとも、実力を抑えたナメプでどうにかなるような相手ではない。


 ウゴォォ……。


 魔王の声に従うように、さっそく、ギザギザ刃の剣を持った一体の骸骨戦士がこちらに斬りかかってきた。そこにウィリアが応戦する。

「もぉうっ!」

 彼女は敵の攻撃を剣で防ぎ、そこから、ギザギザ刃もろとも骸骨戦士を力ずくで横倒しにしてしまおうとした……だが。


 パリィィーン……。

 そのギザギザはウィリアの剣に食い込み、ヒビを入れて、それを根元から折ってしまったのだった。

「えぇーっ⁉」


 そもそもそのギザギザ刃は、相手の武器破壊を目的とした武器だったのだろう。

 ただでさえ、デザインや持ち運びやすさを重視していたので性能面では今ひとつだったウィリアの予備の剣は、これまでの戦いで酷使しすぎたせいでだいぶガタがきていた。それが、今の攻撃でトドメになったようだ。

 それは、ウィリアにとって最後の武器だった。彼女はもう、他の武器になるような物をもっていない。それを破壊されてしまった今、アレサたちパーティの戦闘力はかなり低下したと言わざるを得ない。



 もしも、イアンナたち二位パーティと戦ってこなければ……。

 ウィリアは格闘家スズにメイン武器を壊されることもなかった。きっと、予備の剣ではなくメイン武器の両手剣であれば、さっきの攻撃にも耐えられたはずだ。


 あるいは……もしもここにエミリがいれば……。

 今の出来事をなかったことにしてから、ウィリアに「そのギザギザを、剣で受けちゃダメだよ!」なんてアドバイスして、別の結果を引き寄せることも出来ただろう。


 だが、今更そんなことを言っても、どうにもならない。

 今は、ここにはアレサとウィリアの二人しかいない。他の仲間をクビにして、二人自身で、そうなるような道を選んできたのだから。



「ウィリア!」

「うん、オッケっ!」

 次の瞬間、刃が折れてツカ部分だけになった剣に、新しく炎の刃が現れる。アレサが火の属性魔法で、剣のような形の炎を作り出したのだ。

「そいやぁぁーっ!」

 いわば魔法剣とでもいうべきそれを、さっきの攻撃から流れるような二撃目として、骸骨戦士に叩きつけるウィリア。その勢いと、強烈な炎が骨を燃やす効果で、その骸骨の体は砕けてバラバラになって床に転がる。

 そして、すぐに動かなくなってしまった。


「アレサちゃん、ありがとっ!」

「え、ええ! でも……」

 アンデッドを一体撃破出来たくらいでは、アレサは何も安心することは出来ない。


 なぜなら、魔王が呼び出したモンスターはまだまだ無数に存在するから。今も、魔王城の床の中から何体も這い上がってきているから。

 しかも、その中には当然、かつて魔導師だったゾンビや骸骨もいる。ここまでやってくるほどの実力者の魔導師であれば、魔法を無効化、吸収するような装備や魔法が使えるものだっている。そんな相手には、今の――ある意味文字通りの――付け焼き刃の魔法剣なんて、通用しないということだ。


 もちろんそれならそれで、やりようがないわけでない。百戦錬磨と言って申し分ないアレサとウィリアなら、そんな相手にだってどうにか対応できるだけの選択肢は、まだまだ持ち合わせている。

 だが……。




 それから、わずか十分ほど後。


「はあ……はあ……」

「くっ…………はぁっ!」


 最後に残っていた……生前は忍者だったらしく、魔王城の壁や天井を縦横無尽に跳び回るゾンビ――しかも、水属性以外は無効にする防具を装備している――を、反射神経でウィリアが捕まえて、アレサが渾身の魔法で氷漬けにして、どうにか無力化したことで……。


 二人は、魔王が呼び出した無限にも思える数のアンデッドモンスターを、全て倒すことに成功したのだった。



「こ、これで……また邪魔者はいなくなったわよっ! 魔王!」

「よぉーっし。剣が折れちゃったから……次は、七曜ナントカ拳とかいうの、やってみよっかなー?」

 再び二対一となって、魔王に対峙するアレサとウィリア。言葉だけなら、まだまだ余裕がありそうにも聞こえるが……。


 そんなはずはない。

 剣が折れて武器を失ったウィリアは、ここまで持ち前の運動神経だけで立ち回り、猛毒に侵されたゾンビに触ったり、固い骸骨戦士を素手でぶん殴ったりしてきて、全身ボロボロの状態だ。

 アレサも、そのサポートで様々な魔法を駆使していたために、もうほとんど魔力が残っていない。

 もちろん、今の彼女たちは全回復用飲料エリクサーどころか、軽いダメージを回復するだけの薬草すら、使い果たしてしまっている。


 アンデッド軍団という物量でゴリ押しされたことで、彼女たちは、瀕死と言ってもいいほどに疲弊させられてしまったのだった。

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