最終章 vs 最凶最悪の魔王

第1話

 あれから、約半日後。


 アレサとウィリアは順調に冒険を続け、とうとうその最終地点……魔王城に到達した。


 そこは、険しい山の山頂付近を切り開いて作られた荒削りな要塞だ。トゲトゲしい岩肌や毒沼などが、あちこちに点在している。出現するモンスターも、これまでよりも更に強力で、凶悪な強敵がウジャウジャしている。

 一瞬でも気を抜けば、たとえアレサたちでも命を落としかねない。ある意味では、それ自体が「入ったら二度と出ることの出来ない大きな罠」……あるいは、「世界中の悪意を閉じ込めた牢獄」とでもいう雰囲気の場所だ。


 そんな魔王城の最深部――魔王の玉座の前で、アレサたちは魔王との戦闘を開始した。




 ゴォォォォー!


 地鳴りと、それをかき消すほどの轟音が響く。

 シルエットこそ人の形に似ているが、その頭には、大きくて鋭い二本の角。口には大小の牙、岩石のようにゴツゴツした両手両足からは黄色い爪が伸びている。そのサイズは、玉座に座った状態でも五メートルはあろうかというほど巨大だ。両目には白目部分がなく、片方は赤、もう片方は紫色の宝石のような大きな輝きがあるだけ。全てが異質で、脅威的で、恐怖すら覚える。

 そんな魔王の大口から、怒号のような雄叫おたけびが放たれたのだ。


「はっ⁉」

 徐々にその口の内側に、真っ黒な闇属性の魔力が集まっていく。そのターゲットは、後衛で防御魔法の準備をしていた、アレサだ。

「アレサちゃん!」

 アレサの前にウィリアが飛び出してくる。それと同時に、魔王の口から充分に凝縮された闇属性魔法のエネルギー弾が発射された。


「どっせいっ!」

 野球でもするように、ウィリアはそれをキレイなフォームで打ち返した。

 高校の体育館程度の広さの魔王城玉座のを、そのエネルギー弾がアーチを描いて飛んでいく。そして、岩肌の露出した天井をえぐり取って、消滅した。


「あ、ありがとう、ウィリア」

「大丈夫だよっ! アレサちゃん!」


 休むまもなく、魔王の第二撃がくる。

 尖った爪の生えた大きな右手が、ウィリアとアレサを同時に薙ぎ払うように、その部屋の左端から右端へと動く。その大きさに似合わず物凄いスピードで、それだけ、ヒットしたときの衝撃も凄まじいことは想像にかたくない。


 しかし、ウィリアは動じない。

「いっくよぉー?」

 剣を腰の位置に差して、姿勢を低くする。そして、向かってくる魔王の右手をしっかりと見据える。


 その姿勢はまるで、サムライが居合抜きをするときのようでもあるが……。もちろん、彼女はサムライではないし、その技術を誰かから教わったこともない。だから実はそれは、かなり適当な構えだった。


 しかし、彼女はそこでニカッと微笑むと、

「えーっとぉ、確か……不刀ナントカ流奥義ぃ…………オヤシラズ! ……みたいなやつ!」

 という適当な言葉とともに、その剣を腰から引き抜いて、水平方向に斬りつけた。


 それは、いつかの二位パーティのサムライ少女レナカが見せた必殺の居合抜き……とは全然違う。そもそも、「刀がないのに達人の凄みによって在ると思い込ませていた」サムライ少女に対して、ウィリアは普通に西洋風の片手剣を持っている。


 ただ、生まれつきの超適当な性格に加えて、幼い頃から勇者としての厳しい訓練を積んできて剣技の素養が出来上がっていたウィリアは、一度見た技をなんとなく真似するパクることが出来たのだった。

 

 グアァァァーッ!


 凄まじい叫び声が、広間を揺らす。魔王がビンタのように動かしていた大きな手のひらを、ウィリアが片手剣の刃で受け止めて、更に弾き返したのだ。そのときの痛みで、たまらず声をあげたようだ。


 ガァァァーッ!


 だが、すぐに立て直した魔王が、再び闇魔法を行使して攻撃する。

 天井付近に無数の黒い刃が出現して、アレサたちに雨のように降り注ぐ。それらが直撃すれば、二人とも八つ裂きになってしまうだろう。

 しかし、アレサとウィリアは、落ち着いてそれに対処する。


「ウィリア、いくわよっ⁉」

 アレサは風属性魔法で、ウィリアを宙に浮かべる。

「オッケー、アレサちゃん!」

 ウィリアは体の正面が天井を向くような無重力状態で、上空の黒い刃たちに自分の剣を構える。更にそれと同時に魔法を使って、その剣にパチパチという火花を帯びさせた。

 それは、ウィリアが使える数少ない魔法のうちの一つで、勇者修行の一環として彼女が王国にいたときに習った補助魔法――偽勇者だったウィリアは『聖なる光の力』と教えられていたが、実際には静電気を作るだけの初歩的な風属性魔法――だ。


「たぁぁーっ!」

 空中で体を回転させながら火花をまとった剣を振り回して、闇魔法の刃をかき消してしまったウィリア。そのままキレイなフォームで床に着地して、「いぇいっ!」と剣を天にかざした「かっこいいポーズ」を決めるほどの余裕も見せる。

 そしてアレサも、

「どんな攻撃をしても、無駄よっ! 私たちは、力には屈しないわっ!」

 魔王に向かってそんな言葉を叫ぶのだ。



 最初から。

 魔王との戦闘が始まったときから。

 彼女たちは、ずっとそんな調子だった。


 一進一退の互角の勝負。

 最凶最悪の魔王に対して、最強の賢者アレサと、偽物とはいえ一時は勇者として世界を救ってきたウィリアの、息のあったコンビネーション。まさに、冒険の最後にふさわしい本気と本気の戦い…………いや。

 そうではないだろう。



 ウィリアは自分から魔王を攻撃することはなく、あくまでも相手の仕掛けてきた攻撃に対応して、それに反撃するだけ。それも、致命的なダメージを与えるほどの攻撃はしない。

 そしてアレサも、魔法でそんなウィリアのサポートをしているだけで、積極的に攻撃魔法を使ったりはしない。


 つまり、彼女たちは全然全力で戦っていなかったのだ。



 イアンナを引き入れたニ位パーティや、勇者オルテイジアを倒して、自分たちが魔王に挑むだけの実力があることを証明してきたのに。

 エミリの能力を「本気の戦いに水をさすズル」だと言って、退けてきたのに。


 そんな彼女たちが、魔王に対して全力を出していない。本気で戦っていない。

 それは、すでに失われてしまったいつかの世界線でエミリに言われたような、相手を愚弄する「ナメプ」――あえて自分たちの力を制限した戦い方――だ。


 しかし……彼女たちは本気を出せなかった。

 というより、今の彼女たちにとって「戦って魔王を倒す」という行為自体が、どうやっても本気にはならないものだった。


 絶対悪の魔王を倒して、世界に平和を手に入れる。それは、アレサとウィリアのわがままだ。

 では……魔王にとってのわがままは何なのだろうか?

 それは本当に、自分たちの夢に劣る、消えるべきものなのだろうか?

 ……というより、それらの夢は、両立しないものなのだろうか……?


 実際に魔王を前にしたことで、アレサは「自分がエミリに言った言葉」を、自分自身の現実の問題として受け止めなくてはいけなくなった。その言葉、葛藤が、二人の戦いにブレーキをかけてしまっていたのだった。



「魔王……私たちは本当に、戦うしかないの? 分かり合うことは、出来ないの……?」

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