第3話

 アンデッド軍団を前に、圧倒させられたアレサたち……。

 だが実は、完全に勝算がなくなったわけではなかった。


 もう賢者アレサには、ほとんど魔力は残っていなかったが……しかし、ゼロというわけでもない。

 あと一回……。自分が最も得意としていて、単発の攻撃力だけで言えば最も高いと言える火柱メルト・ハイ爆発・グレネードの魔法を、あと一回だけ使える分の魔力は残っていたのだ。


 これを、スキをついて魔王の口の中にでもぶっ放してやれば……きっと、それで勝負が決まる。これまでの戦いで、魔王にも十分にアレサの魔法が有効であることや、体の作りが人間と似ているから弱点もそれほど変わらないだろうということは、分かっていた。

 だから、たった一撃であっても、それで魔王を倒すことが出来ることは、分かっていた。単純に、倒す、だけなら。


 ……しかし。

 アレサはどうしても、考えてしまう。


 魔王の思いと、自分たちの夢……。本当に二つは共存せず、戦ってどちらかを選ぶしかないのか……。

 自分たちは、このまま魔王を倒すことしか出来ないのか……。

 倒すことが、本当に正しいことなのか……。



 少し前に、エミリが感じていたように。

 アレサの頭の中でも、魔王の姿が、かつての仲間オルテイジアに重なる。

 自分と敵対する存在として、全力で戦い合って倒してきた彼女。今の魔王は、あのときの彼女と同じ……なのだろうか?

 あるいは……。


 アレサの頭の中で、魔王の姿がウィリアに重なる。

 勇者の責任を押し付けられ、孤独に震えながら涙を流していた彼女。もしかしたら魔王も、あのときの彼女と同じなのではないのか……? こちらが勝手に『最凶最悪』というレッテルを押し付けて、正義、平和という聞こえのいい言葉のもとに一方的に殺害しようとしている。

 それは、あの日のウィリアに周囲の大人たちがしていたことと同じではないのか?


 もしもそうだとしたら……。

 そんな魔王を倒すことは、ウィリアと幸せな結婚を望む自分にとって、一番ありえないことではないのだろうか……?



 そんなことを考えてしまい、アレサは最後の魔法を仕掛けることに躊躇ちゅうちょしてしまっていた。

 そして……それが、彼女の敗因となった。



 グ、グ、グ、グ……。


 口角をあげた魔王の口元から、そんな音が聞こえた。それは、古い機械がきしむような音でもあったが……、

(笑った……?)

 アレサには、魔王の笑い声のようにも思えた。


(やっぱり……魔王には、私たちと同じように感情があるんじゃないの……? 理解の及ばない『最凶最悪』の兵器なんかではなく、私たちと同じように物を考えて、そこからなにかを感じれるような感情を持った、一人の生き物なんだわ……。きっと、その考え方や感情のルールが、私たちとは少し違うというだけで……。だったら、私たちは分かり合うことだって……)


 そんなことを考えて、一瞬警戒を忘れてしまっていたアレサ。

「……はっ⁉」

 後ろから強烈な気配を感じて、振り返ると、

「きゃっ!」

 すでにそのときには、背後から迫っていた無数の闇魔法のエネルギー弾が、ウィリアの体に直撃したところだった。


 ドォォーンッ!


 エネルギー弾の勢いに吹き飛ばされ、壁に衝突して大ダメージを受けるウィリア。ぐったりと倒れている彼女に、慌ててアレサは駆け寄ろうとするが……。


 そこで、アレサを右手で、ウィリアを左手で同時に叩き潰そうとするように、魔王の左右の手が天井付近から振り下ろされていることに気づいた。

「ちょっ……そんな……⁉」

 もう、二つの手の両方に対応しているほどの魔力はない。どちらか一方か……あるいは、魔王本体に火柱爆発をしかけることしか出来ない。

「ど、どうすれば……⁉」


 普通の冒険者ならば、悩む場面ではなかっただろう。

 相手が仕掛けてきたときこそ、カウンターで勝負を決めるのには絶好のタイミングだ。魔王本体の急所に火柱爆発を決めることができれば、結果として二人への攻撃も止まるはずなので、自分とウィリアを守ることにも繋がる。

 だから、当然そこは本体攻撃一択のはずだったのだが……。



 アレサは、それを選ばなかった。

「……くっ!」


 風属性魔法で空気の壁を作り、ウィリアを狙う魔王の手を弾き飛ばす。

 しかしそれは同時に、自分への攻撃に対して無防備となることを意味し……。

「うぁっ……!」

 魔王の手に叩き潰されて、床を転がされ……ちょうど、ぐったりと横になっているウィリアの隣までやってきて、そこで完全に体を動かすことができなくなってしまうのだった。

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