第3話

「では、今度は私が問おう」

 いまだに戸惑っているアレサに、オルテイジアが言う。

「勇者とは、何だと思う?」

「え?」

「『勇者』という存在は、お前たちにとってどんな意味をもっているのか……と聞いているのさ」


 いささか概念的すぎるザックリしたその質問に、同じようにザックリと――むしろ適当に――ウィリアが答える。

「えっとねー、勇者ってすごいんだよー? 私が勇者ってだけで、みんなチヤホヤしてくれるしー。武器屋さんも道具屋さんも、お願いすれば値引きしてくれるしー。宿屋さんも、一番いい部屋用意してくれるしー。……あ、それに! 酒場とかにいくと、何も言わなくてもその街のキレイどころのおねーさんたちが、私たちのこと接待してくれるんだよーっ⁉ 勇者って、ホントにおトクだよねー!」

「はあ……」

 彼女らしいと言えば彼女らしいが……あまりにもあんまりな答えだ。オルテイジアは、深いため息とともに眉間にシワを寄せ、首を振る。

「姫……そんな回答では、100点満点中、せいぜい2点ぐらいしかあげられません」

「えーっ⁉」

 もともと王宮騎士であり、王女の側近もつとめていたオルテイジアは、体力、知力面でのウィリアの教育係という側面も持っていた。その片鱗を見せるように、先生っぽい言葉でウィリアの回答を切り捨てた。


「まったく、何を今更……。『勇者』の意味なんて、知らないはずないでしょ?」

 そんなウィリアをフォローするように、今度はアレサが答える。

「勇者というのは、現在冒険者ギルドが認めている二十八のクラスの中でも、魔法を極めた賢者や、剣術を極めた剣聖よりも更に上の……通称、伝説級レジェンドクラスと呼ばれている固有職のこと。テンプレ化した獲得できる能力スキルマップみたいなものはないけれど、その代わりに、最初から『勇者補正』なんて呼ばれている代々の勇者から受け継いだ特殊な才能を持っている。それに、本人の意思によって転職を許されている他の職とは違って、勇者として生まれた者は基本的に死ぬまでずっと勇者なんだけど……唯一、その人物が子供を作ると、その子のほうが新しい勇者となって、同時に『勇者補正』も自動的にその子にうつる。……ま、とにかくそんなふうにすべてが型破りで、簡単に言えばこの世界で一番スゴい職……それが、勇者よ」

 さすがに彼女の答えは、ウィリアほど適当ではない。考える様子もなく、アレサはスラスラとそう答えた。


 それに対しては、オルテイジアも……、

「ふん……0点だな」

 やはり、厳しい採点で返した。


「はぁっ⁉ なんでよっ⁉ おかしいでしょっ⁉ 普通に教科書通りの満点回答でしょっ⁉ っていうか、なんで私のほうがウィリアよりも低い点なのよっ⁉」

「わぁー! アレサちゃんってば、賢者のくせに赤点だー。さっすが、『世界一愚かな賢者』だねー?」

「う、うるさいわよ、ウィリア! っていうか、それ言うなら2点の貴女も充分に赤点なんだからねっ⁉ 0点も2点も、ほぼ誤差みたいなものなんだからねっ!」

 当然その採点に納得のいかないアレサは、ウィリアにからかわれながら、ギャアギャアとわめきちらすのだった。



 と……そこで。

「やはり……お前たちは分かっていないようだな……」

 二人の様子に完全に呆れてしまったらしいオルテイジアが、つぶやく。

「勇者とは……それ以外のか弱き者たちからの期待をうけ、それに応えることを運命づけられた……『責任』の別名だ。そんなことも分からない勇者知識落第組のお前たちには、今から身を持って教えてやろう。勇者の存在の意味……勇者である私が、果たすべき『責任』を」

 そう言って、オルテイジアが腰に差していた片手剣を抜いた。

「そ、それは……」

 それは、まだオルテイジアが所属していたころのウィリアたち勇者パーティが、冒険の途中で『妖精の国』に迷い込んだときに手に入れたもの。その国に巣食っていたモンスターを討伐した報酬として、妖精王が勇者に・・・与えてくれたものだった。


「あーっ! オルティちゃんそれ、まだ持ってたのーっ⁉」

 その剣を見るなり、ウィリアは声をあげる。

「それって、前に妖精の王様が勇者の私に・・・・・くれたヤツだよねー? 流石の私も王様の前では空気読んで、あざまーす、とか言って受け取っちゃったけど……。攻撃力は中の下くらいだし。チョウチョの飾りがついてたり、刀身がほんのりピンク色だったりしてデザインがクソダサ過ぎてて、一ミリも使う気になれなかったんだよねー。武器屋に持っていっても、妖精じゃないと価値が分からないとか言って査定額メチャクチャ安かったしー? ぶっちゃけ困ってたから、オルティちゃんに『適当に処分しといてー』って渡したんじゃなかったっけー? まだ捨ててなかったってことは、オルティちゃんって実は、そーゆーのが好みだったのー⁉ やだー、趣味わるーい!」

 無邪気に「キャハハハー」と笑っているウィリア。そんな彼女に、オルテイジアは呆れた様子でまた首を振る。

「ウィリア姫……。あなたは本当に……何も分かっていない」

 それから。

 彼女はおもむろに、その『妖精王の剣』を握る力を強める。すると……その剣のピンク色の刃が、まばゆい光に包まれた。


「な、何……? 前にウィリアがその剣を持ったときは、そんなことにならなかったのに……」

 剣に起きている見たことのない現象に、アレサは戸惑う。

 オルテイジアは、そんなアレサに向かって輝く剣を振りかぶって、言う。

「この剣は、妖精王が勇者に・・・送ってくれたもの……だから、他の誰でもない真の勇者の私だけが、この剣の本当の力を引き出すことが出来るのだ。とくと見るがいい。勇者という存在の、本当の意味を……勇者の力を……。勇者専用武器を『勇者以外の人間がただ手に持って振り回すだけ』と、『勇者が装備して使用する』ということの、根本的な違いを……」


 オルテイジアはそう言ってから、輝きオーラが充分に高まったところで、

「はっ!」

 と、その剣を振り下ろした。すると、剣がまとっていたオーラが剣撃の形となり、アレサに向かって飛んできたのだった。

「ちょっ⁉」

 そのオルテイジアの攻撃・・を、体を回転させてギリギリのところで避けるアレサ。輝くオーラはアレサがいた位置を超えてさらに飛んでいき、ずっと向こうの公園に植えられていた大木に当たって、大きな爆発とともにようやく止まった。



「『輝きの剣ラスター・ソード』という名のこの聖剣は、勇者ではないウィリア姫には、ただの攻撃力の弱い片手剣でしかなかったようだが……真の勇者である私が装備すれば、妖精王が勇者に託した力を引き出すことが出来る。『体力HPが満タンのときにオーラを飛ばす』という、特殊効果を使うことが出来るのだ」

「な、何するのよっ⁉ いきなり、こんなことを……!」

 そんな説明よりも、その特殊効果で彼女が・・・自分を攻撃・・・・・してきた・・・・ということに、当然の反発をしようとするアレサ。だが、その言葉は最後まで言うことは出来なかった。

 オルテイジアが、妖精王の剣をアレサの眼の前につきつけていたからだ。

「アレサ。さっきお前は、パーティをクビになった私が王国に帰ったと思った……なんて言っていたが。実は、実際に私はこの数日でゴールバーグ王国に戻って、ウィリア姫の父君のゴールバーグ国王に会ってきたんだ。勇者の私がパーティを離れてしまったら姫を守れなくなってしまうが、どうするか? という話をしにね。すると国王は……こんな『シナリオ』を用意してくれたよ」

 オルテイジアはそこでまた剣を天に掲げ、まるで神に宣誓するように、高らかに言った。


「賢者アレサ……お前を、私がリーダー・・・・・・を務める・・・・『勇者パーティ』からウィリア姫を誘拐した、邪悪な魔女と認定する! よって、勇者の私はお前を成敗して……『姫を救い出す』のだ!」

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