第2話

 オルテイジアの突然の告白に対して。


「な、何ですって……」

 驚愕の様子でたじろいでいるアレサとは、対照的に。

「うっそだー!」

 ウィリアはただの冗談だと思って、全然本気にしていないようだった。


「えー、だってさー? 大昔の勇者だった私のひいひいお祖父様がゴールバーグ家に婿養子に入ってから、その子供のひいお祖父様も、お祖父様も、お父様も……みんなみんな、勇者だったんだよー? だったら今の勇者って、お父様の子供の私のことでしょー? あれー? 勇者ってたしか、世界に一人しかいないんじゃなかったっけー?」

「そうだな。勇者とは、血筋と共に引き継がれる世界で唯一の称号のことだ」

「ほらー。だから、先代勇者のお父様の子供が私なんだから、私が勇者でしょー? それともー……え? も、もしかしてオルティちゃんって……お父様の隠し子とかー? 私の、お姉ちゃんだったとかーっ⁉」


 王国の姫と、それに仕える騎士団長という立場だからか、ウィリアの様子はだいぶフランクだ。親しげな口調で見当ハズレなことを言う彼女に、オルテイジアは呆れた顔で首を振った。

「ふっ……だから、そもそもその前提が間違っていたのだよ、ウィリア姫。公式の歴史では、百年前に魔王を封印した四代目勇者と当時のゴールバーグ王女が結ばれてから、勇者の血筋はゴールバーグ王家に引き継がれている、と言われているが……実際には四代目勇者は王家に入る前に、すでに別の女と子供を作ったあとだったのだ。そうなると、いまさら王女が勇者との間にどれだけ子供を作っても、もう意味はない。勇者に対する妖精や神々の祝福……いわゆる『勇者補正』を持つ子供は、先代の勇者の血を引く第一子と決まっているからな。もちろん、愛人の子供を亡き者にしても、その状況は何も変わらない。なれば……それを知ったゴールバーグ家は、どうしたか? そんな不都合な真実を、由緒正しい王家が認められるわけがないだろう? だからウィリア姫の祖先の当時の国王は、口止め料として王宮騎士という地位を与えて、愛人とその子供を王国に取り込んだのだ。本物の勇者の子孫に、『勇者補正』なんて持たない自分の子孫たちを守らせるため。そして……ゴールバーグの血筋を、勇者の血統と偽り続けるためにな」


「……んー? えー、っとー……?」

 ウィリアは腕を組んで頭をかしげている。根が適当な彼女には、その話は少しややこしく感じたらしい。

「そ、その勇者の愛人の、王宮騎士の子孫が貴女……って言いたいわけね」

「ああ、そういうことだ」

 一方のアレサは、一応そのオルテイジアの言葉は完全に理解できている。しかもその上……それを、まったくの嘘であるとも思っていないようだった。


 実は彼女は、「ウィリアが本当の勇者ではない可能性」を、これまで一度も考えてこなかったわけではなかった。それどころかアレサには、これまでウィリアと一緒に冒険を重ねていく中で、何度も「その可能性」を考えてしまう瞬間があったのだ。


 しかし。

「ふ、ふんっ! バッカじゃないの⁉」

 強がるように、彼女は自分自身で「その可能性」を否定する。


「私が貴女をクビにしたあとの数日間でそのストーリーを考えたのだとしたら、大したものだとは思うけど……でも、それにしたってバカバカしくて聞いてられないわね! そ、そんな荒唐無稽な作り話を言えば、それを信じた私が、貴女をこのパーティに戻すとでも思ったのかしら⁉」

「作り話……か」

 落ち着いているオルテイジアになんとかボロを出させようと、焦り気味のアレサが問い詰める。


「だ、だってそうでしょう? ウィリアはこれまで、『勇者にしか出来ないはずのこと』をいくつもやってきているのよ⁉ それなのに、いまさら『やっぱり勇者じゃありませんでしたー』なんて言われて、信じられるはずがないでしょうっ! た、たとえば、初代勇者が初代魔王を倒したあとに岩に刺して封印したという『勇者にしか抜けない聖剣』を抜いたり……」

「あれは……前日に私が抜いて、また同じ岩に浅く刺しておいたのだよ。誰にでも抜けるように、封印もなにもかけずにね」

「あー。そう言われると確かにあの剣、すっごいユルユルだったかもー。私が触る前から、ちょっと斜めに倒れちゃってたもんねー?」

「ゔっ……」


 ……だが。


「じゃ、じゃあ……私たちパーティが、『初代勇者が生まれた街』を訪れたときは、どうなのよっ⁉ あの街に残っていた歴代勇者の肖像画は、どれもウィリアそっくりだったでしょっ⁉ そ、それに、そこの長老様に話を聞いたときも、ウィリアのことを見て『勇者の面影がある』とか言ってたわよっ⁉」

「我々の進路は、パーティリーダーのアレサが教えてくれて事前に分かっていたからな。ゴールバーグ王国の者に先回りさせて、ウィリア姫に似せた肖像画をあらかじめ街のいろんなところに置いておいたのだ。もちろん、そのときに長老に金を渡して、話を合わせるように言っておいた。まあ……あのボケ気味の老人が、『自分は二百年前の初代勇者と面識がある』とか言い出したときは少し焦ったが……バレなくて良かったよ」

「ゔゔっ⁉」


 ……しかし。


「だ、だけど……で、でも……。あ、あの……ア、アンデッドっ! そ、そうよ! ウィリアはこれまで、いつも通常攻撃でアンデッドモンスターを浄化して倒すことができてたわよね⁉ あんなの、普通の人間では無理だわ! だ、だからあれこそはウィリアが、邪悪な者を抑え込む『光の力』を持った勇者だという、何よりの証拠で……!」

「ああ。あれは単純に……ウィリア姫がアンデッドを攻撃するのに合わせて、こっそり私が『光の力』を使っていたんだよ。こういうふうにな」

 オルテイジアが右手をかざすと、その手の甲に紋章とともに光が溢れ出した。

「『勇者が光の力を使うときには聖なる紋章が浮かび上がる』という言い伝え……アレサは聞いたことがなかったか? 今までアンデッドと戦っていたときに、一度でもウィリア姫の体のどこかに、紋章が現れたことがあったか?」

「ゔゔゔぅぅーっ!」


 何を言っても、オルテイジアがボロを出すなんてことはなく。

 むしろ、アレサが今までの冒険の中で「ウィリアが勇者ではない可能性」を考えてしまっていた理由――違和感を感じてきたことについての、答え合わせをしてしまうだけなのだった。

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